2009-09-01

わかちあう

@Selwik, Alaska


道路から隔絶された陸の孤島
河沿い、海沿いにひっそりと存在する小さな村々

突然、空からやってきた異邦人であるわたしたちを

子どもたちは
恥ずかしげに
でも押さえきれない好奇心で

手を振り

コンニチハー
ハロー
どこからきたの
何してるの

と、声をかけてくる



Kobuk河のほとりにあるNoorvic村に立ち寄ったときのこと

村のはずれの飛行場に戻る途中
女の子がふたり
4 wheeler に乗って追いかけてきた

手には、ムースと鮭の乾燥肉が袋いっぱい

「これ、どうぞ持って行って。
私たちは、いつでもたくさん手に入れられるから」


この肉は大地からの贈り物
人間も自然のなかで生かされている生き物だから
分かち合うのはあたりまえ

と言われた気がした



お金で買う「モノ」は
自分ひとりで手に入れたように勘違いし
つい独占したくなる

挨拶しただけの通りすがりの異邦人に
見返りなしに気持ちよく差し出せる何かをその気持ちを
私は持っているだろうか と

その晩、野生の味がするムース肉を口にしながら
自分に問いかける

1 comment:

くぼっち said...

似たようなことをスペインで体験したよ。一ヶ月の過酷な巡礼で、全員体はボロボロ。だから、たとえ見ず知らずでも誰かが怪我をしたら手当をするし、病気になれば薬やベッドを都合して上げる。それは、いつ自分が同じ目に遭うか分からないから、親切にしたり他人に頼るのは「お互い様」なんだよね。

こういう信頼に基づくコミュニティーが出来上がるのは、自分ひとりが「モノ」を独占した程度では生き残れないくらい過酷な環境に置かれた時、じゃないかなぁ。

日本ではどうだろう。私は、今の日本は正直言って不愉快で住みづらい。たとえ誰かに親切にしても、その瞬間に善意は空中に蒸発してしまう。「お互い様」の、自分の順番が回ってくる前に善意が破産しそうだ。