2011-01-14

氷点下10度強風の中鼻たらした無力な自分

Fujimi-daira Campsite, Yamanahsi


新年すっかり明けてました・・・(って、かなり遅いですが)おめでとうございます。

年賀状くださった方々の、「ブログ見てますよ」って一言が嬉しかったです。ありがとうございます。インターネットという大海の中の砂粒のような、小さな小さなこのブログが、独りよがりな独白でなく、誰かに何かが伝わっているとしたら、それはとても嬉しいことです。人は人との繋がりの中でだけ生きていけるから。

2011年も、どうぞよろしくお願いします。

で、ブログは更新滞っていますが、実は、ツイッターは澱みなく動いてます。最近、140字でアップできてしまう簡便さから、連続投稿という新技でミニブログ化している傾向がありますが・・・、細切れの感想だけではどうかと思うので、必要なことは、きちんと時間をつくって、こちらに書きます。
(ツイッター見ている方は、ちょっと見覚えある文章)



わたしは、普段、山だキャンプだアラスカだ、と鼻の穴広げて豪語しているが、実は軟弱都会人を全く捨てきれていない。清潔な糊の利いたシーツに包まって、寒さの心配なしに眠るのが大好きだ。蛇口を捻るだけで溢れ出すお湯でシャワー浴びるのが大好きだ。ボーンチャイナの硬質な手触りの真っ白な皿に、きちんと載せていただく食事も大好きだ。

だから、年始恒例の冬キャンプ登山は、いつもどおり憂鬱な気分での準備から始まった。

いくらマイナス20度仕様の850フィルパワーのダウンがみっちり詰まった寝袋を使うとはいえ、自分の吐く息が結露し、顔の周りがバリバリに凍り、その冷たさで目覚める夜中。テントの中はなぜか結露して、寝返りをうつたびに白い霜がパラパラと降ってくるあの冷たさ。小さなガスバーナーで温めた小さな鍋の中のひと掬いのお湯は、3分もすれば外気の寒さに負けて水に戻る。日本が誇るスノーピーク製のチタンのコップは軽いけれど、金属特有のカチカチとした感触が舌に馴染まない。

さらに、冬山の荷物はびっくりするほど多い。1ヶ月くらい家出するんじゃないかというくらいの大荷物を、部屋を散らかしながら作るのは、結構面倒くさい作業。

ああ、全てが、考えるだに憂鬱じゃないか。

それなのに、わくわくするのは何故だろう。
クランポンをチェックしながら、翌日、この金属のゲタが踏む氷や雪の感触を思うと、うきうきしてくる、この相反する気持ちは何だろう。


都会に住む者の宿命として、山へ出かける日は早起きだ。まだ暗い朝4時半に鳴る目覚まし時計は恨めしいが、朝一番特有の凛とした空気の中、じわじわと明るくなる空を見ていると、眠さも憂鬱さも、すべてのマイナスの感情は消え、気持ちは山へとスイッチが切り替わっていく。


初日、足慣らしに小さな山に登った後、標高1800mのベースキャンプに戻る。
テントの中で、という意見もあったが、風はなくそれほど寒くないし、夕陽と三日月と富士山を見ていたかったので、外での夕食。
午後5時半、日が沈むと同時に寒さが地面から静かに忍び寄る。沢から汲んできた水は1時間でジャリジャリ凍り始めた。コッヘルの底に1センチ残った紅茶は5分後に氷の膜ができた。目深に被った毛糸の帽子から(自分の吐く息でできた)ツララが下がる。

空腹はすべてを凌駕する。しばらくの間、MSRガソリンストーブ特有の、力強いシューシューという音と、目の前にある湯気をたてたキノコ豚鍋にだけ気を取られていた。が、胃袋が満たされ、ふっと顔をあげると、いつのまにか周囲は真っ暗で、ミズナラの枯れ木の奥には、満天の星空が広がっていた。無音の世界を、時折空高くジェット機の音が切り裂く。静かで贅沢な夜。食後の紅茶にウィスキーを少し垂らし、体を温めてから寝袋に潜り込む。


翌日は日の出前に出発。
夜明けのシャクナゲ・トレイルを抜け、朝8時半、標高2300m、遮るものが何もない強風の稜線に出た。寒いー。林の中を歩いているときは、冬山だろうが登りは暑くなる。汗で微妙に湿ったインナーが、今度は体温を奪い出す。立ち止まると寒いのと、さきほど嵌めた指の自由の利かないミトンのせいで、バラクラバ(目出し帽?)やジャケットのフードを上げ下げするのが面倒だが、外気に触れている耳と鼻と頬が痛い。サングラスは汗と息が凍って役立たず、裸眼に雪が眩しすぎだ。ああ、寒くて今度は鼻水が止まらない。ズルズル。

こんな小さな山の、こんな穏やかな日の数時間でさえ、太陽だ風だ雪だ氷だ寒さだと、全然上手に対応できず、自然の気まぐれに翻弄されては、アタフタしつづける自分を、遠くから見つめる別の自分が笑っている。ふふふ、無力なワタシ。


午前9時40分頂上。
標高2599mの山の上からは、空気の澄んだ快晴の空の下、遠く北アルプスまで見える。

往路とは違って余裕のあった帰り道、鼻歌をうたいながら下って行くと、左右にずっと続くシャクナゲの木は、くるりと丸まった葉っぱのその先に、早くも新芽が出ていることに気がつくのだった。




"A ship in the harbor is safe, but that is not what a ship is built for."

アウトワードバウンド(OBS)から頂いた年賀状の言葉。
そうねそうね。凍った寝袋にくるまらないと出会えない景色もあるのだから。
港(文明)のありがたさに感謝しながら、それでも今年も、億劫がらずにガンガン(原野へ)出航しよう。

忙しさとか便利さと引き換えに、沈み行く太陽、濃紺の空に輝きだす三日月の美しさを忘れぬように。



蛇足:
冬山キャンプの極意はバックパックの中のorganize=整理整頓に尽きると思う。

1 comment:

Kuma said...

あけましておめでとう!(まだこっちは一月前半w)
こちらこそメールの返信滞っててごめん。

テントまだ買ってないよ。情報さんくす。

シンプルに、美しく、丁寧に、ストイックに。って、いいね。私もそんな生き方を目指すよ。

またメールします。