2010-11-25

An Orchid is calling me. ピレネー山男の美学


フランス、ピレネー山脈で出会った、ガイド兼料理人のマテオのお話。

マテオの家は、ぐいっと山を登った、人口多分20人くらいの小さな集落にある、古いアパートの屋根裏部屋。部屋へとあがる階段はずいぶんと急だ。

屋根裏部屋のため、壁は斜めで背の高いマテオにはちょっと窮屈そうだが、いぶし色に輝く梁が、いいアクセントになっている。

斜めにしか開かない窓枠には、野良猫がニャーと心地良さそうにひなたぼっこをしており、窓の外は緑色の木々と木々の間を飛ぶ鳥たちの声がすぐ近くに聞こえてくる。

何も入らなさそうな小さな冷蔵庫の扉は壊れていて、「モノを冷やす」機能は全く果たしていないが、山の中の家は涼しいので問題はないという。よく手入れされた包丁が何本も壁のマグネットに架けられ、オレンジ色のルクルーゼ鍋が、無造作にキッチンの一角に置かれていた。

食器棚はないのだが、天井からは、ぴかぴかに磨かれたワイングラスがたくさんぶら下げられている。椅子は拾って来たガラクタを改造したらしいが、その椅子たちが囲むテーブルは、合板ではなく味のある1枚板だった。その椅子に座って、紅茶をご馳走になる。

テレビはないが、その分あいた壁には、大きく引き延ばしたピレネー山脈の写真がたくさん飾られている。

広くはない部屋の中心に、野で摘んで来た花がどーんと存在感を放ち、部屋を明るくさせていた。



ある日、マテオが、ピクニックランチを用意してくれた。

6月なのに寒い雨降る日で、手の先まで冷えた体に、彼が前夜から仕込んでくれた生姜ハチミツ茶は、ちょっと口にするだけで、ぽかぽかと体を温めてくれる。

朝、村のパン屋で買った1本90セントのバゲットを切る。一人半分の割り当ては、ちょっと私の胃袋には大きいが。店で買ったとき、バゲットは無造作に白い紙で包まれただけだったので、防水対策にと色気のない私はゴミ袋に入れておいたのだが、バックパックを開けると、ゴミ袋の向こうから、微かにパンの香ばしい匂いが漂ってきた。

アルプスの少女ハイジに出てくるような白くて丸いチーズを薄く切る。このチーズと生ハムは、村一番に美味しいと評判の店で買っておいたという。

残り物の野菜を細かく刻んでいれたというオムレツは、赤と緑のパプリカが、いいアクセントになっていた。

トマトとキュウリに酸味があるから、お酢はいれてないよ、というサラダは、たっぷりのオリーブとガルバンゾービーンズと、そして、インカの人たちが大好きな栄養満点の穀物、キヌア和え。

青いサラダは現地調達だといい、雨の中、トレイルの途中の牧草地で摘んだ草、2種。摘みながら、マテオは、美味しいな、とむしゃむしゃ食べていた・・・。ほうれん草みたいな苦みのある大きめの葉っぱは皿に敷き、ハーブのようなかわいらしい葉は、こうやって上に載せて、と、盛りつけへの注文もうるさい。

こうして出来上がったフランス式ランチ。雨雲の奥に姿を見せた、世界遺産のガヴァルニー圏谷の、高さ1500mの崖を背景に、わたしは夢中で食べた。




ピレネーを一緒に歩く。
きちんとしたトレイルを避け、あえて道なき道に突っ込んで行くのが好きだ。足下の悪い、崖や沼地に連れ出されると、出来上がった道を歩くのに慣れすぎている日本のお客さんたちはびっくりするが、ニヤリと笑ってこう言う。

「If you want to see a real world, you have to get lost.  
本当の世界を見たかったら、道から外れないとだめなんだ」
「Enjoy one adventure a day。1日1冒険。」


彼の乗る小さな車は、もうメーター一回りどころかふた周りくらいしてるんじゃないかと思わせるオンボロで、右のサイドミラーはその存在すらない。このボロクソさの年季の入り方は、キューバで見かけた車以来だ。ドアは3回に1回はちゃんと閉まらず、助手席のシートは微妙な角度に倒れたまま。後ろには登山道具がどっさり。「掃除」という単語は、この車には多分、乗っていない。

ようこそ僕のスポーツカーへ、かっこいいでしょ、と、それでも彼はこのオンボロカーをとてもお気に召している。
「これは、廃油カーなんだよ、ガソリンスタンドに行く必要はないんだ。レストランで、要らなくなった油をもらえば、どこまででも走って行ける」

この車に乗って、大好きな蘭の花を探しに、12時間走り通してイタリアの南まで行くのが休日のお楽しみなのだという。私を乗せて走っていても、常に道の両脇の崖を見ている。時折、急ブレーキをかけ車を止めると、車を降り、蘭を私に見せ、写真を撮り、この蘭がどれほどスペシャルなのかを、とうとうと説明しだす。

「結構なスピードで走っている車のなかから、なんでこんなに小さな花を見つけられるの?」

「An Orchid is calling me. 蘭が僕を呼んでいるんだ。動物も蘭も一緒さ。彼らの気持ちになって、彼らの好きなもの・・・、たとえばこの花なら、日かげの、湿った、アルカリ性の土が好きだってことを知っていれば、この場所が生きるのに最適だって分かるでしょ?」




「人生の順位付けはとてもシンプルなんだよ。
僕の人生に必要なものは簡単だ。
美味しい食事、友との楽しい時間、愛しいガールフレンド。」








今日の話題を私に思いださせたのは、雑誌クーリエジャポン1月号のフランス特集。

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