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2009-11-26

なにかを決めなければならないときには


▲Yosemite NP, USA 2009.10

なにかの価値判断をするときは
 そこに「美しさ」があるかどうかを
 まず
 考えてみることをすすめます



2009-11-24

Challenge is an opportunity


▲Yosemite NP, USA 2009

「困難な状況というのは、好機なんだ。
食事にありつけない日は、断食の機会を与えられたと思おう。
宿がみつからない日は、星空の下で眠れる機会だと捉えよう。」
(サティシュ・クマール氏の講演会でのことば)

*

10月、ヨセミテの暴風雨がもたらしてくれたのは、

翌日の空の青さと高さに気づく心

(雪解け時でない10月という時期なのに)
水の、岩をも砕かんとするような、
迸る力強いエネルギーを肌で感じられたこと

*

毎日は
考え方ひとつで
どうにでも変わる

太刀打ちできない「自然」と遊ぶなら
無駄な抵抗をしない諦めのよさと
easy-goingな心持ちが
どうしたって
必要だ

人生も

2009-10-30

大自然に注がれる幸せなシャワー (ヨセミテ#4)

▲ from Southside Drive, Yosemite NP, USA


都内を電車に揺られて    2時間。
飛行機で映画2本みて    8時間。
BartでSFOの対岸の町へ  1時間。
AMTRAK鉄道にまた揺られ3時間。
山道をYARTのバスで進む 2.5時間。

ヨセミテ渓谷の松林のなかにあるキャンプ場へ到着したのは、時差16時間を飛び越し、16.5時間(プラス待ち時間たくさん)の移動時間を経た、真っ暗闇の夜9時。

PETZLのヘッドライトの頼りない明かりで到着したわたしに、隣のサイトの親切なおじさんが、見かねて強力ランタンを貸してくれた。心強いくっきりとした明かりの中でテントを立てる。夕食も早々に、疲れたからだを、久々に水平180度に横たえ、眠りにつく。


翌朝。

天気予報が告げていたとおり、テントのフライを勢いよくはじく雨音で目が覚める。「太陽が似合うカリフォルニアにおいて、この時期には珍しい大型低気圧が接近、嵐になるでしょう」という天気予報を忠実に守ろうとする空は、水栓の壊れた蛇口のように、絶え間なく大粒の水滴を落とし続ける。

覚悟はしていたものの、こんな遠くまでわざわざやってきたのに、この天気はどうよ、そしてこの天気の中、外で寝ている自分ってどうなのよ、と、不運を嘆いてテントから顔を出してみれば、

昨晩は気づかなかったが、この場所は、森をつくるわずかなな傾斜の一番下に位置しており、土が吸収できるよりも早い勢いで落ち続ける水滴は、低き低きへと川となって渦を巻きながら流れ込み、

・・・言い換えれば、わたしの居場所は、テント床下浸水警報がビービーなっている、まさかの水害地帯の現場なのだった。

という事実を把握するのに0.3秒。
寝ぼけていた頭は瞬時にシャキンと目覚める。

慌てて靴を履き、家(テント)を高台の安全地帯に移動すべく作業していると、昨日のランタンおじさんとはまた違う、斜向かいのサイトのおじさまが、おはよう、と、ニコニコしながらやってきて、雨で濡れるのなんて全く気にせずに、テントを動かし、テントの周りにトレンチ(溝)をつくり、タープを張り直し、という作業を、積極的に手伝ってくれるのだった。

「ようこそヨセミテへ!僕の大好きな場所へ!」

濡れて冷たくなった手足を焚き火で暖めながら話していると、そうか、昨日着いたんだね、ここがはじめてなら、僕が案内してあげよう、と、どこまでも親切なこのカリフォルニア人、Russelは、ガイド役を申し出てくれた。

クライマーの聖地、El Capがよく見える場所で車を降りる。あそこがノーズで、あのクラックがヤバイんだ・・・、足を怪我してからは、岩は登っていないけれど、と、説明してくれる横で、

わたしは、ようやく出会えた(昨晩の到着時は、真っ暗闇で何も周囲を把握できていなかったので、)1000m近く垂直にそびえ立つ、この巨大な岩の威厳に圧倒され、雨に濡れるのも忘れて、口をあんぐりと開けたまま、呆然と岩を見上げる。

「す、すごい・・・」

「ハイシエラのバックカントリーの山を歩き回っている僕は、人で溢れているヨセミテなんて、ってバカにしていた。食わず嫌いでね。ある日、自然なんて興味のない友人が、ヨセミテくらい行ってみたい、というから、しかたないな、つきあってやるか、と本当に久しぶりに来てみたら、ここの美しさに驚いたんだ。

それからは、1年に5-6回はこうやって訪れている。それに今日は僕の誕生日だからね、こういう日は、大好きな、特別な場所で過ごしたかったんだ」


「自然を愛する人と、僕が好きな場所をシェアできるのは、とても嬉しいことだ。さて、とっておきの場所を案内しよう」、ここが一番好きなんだ、と、最後に連れて行ってくれたのは、広い湿原と松林、その奥に、この公園のシンボルである、気高いハーフドームの一枚岩が正面から見えるベンチ。

雨(というか嵐、)だから誰もおらず、(この大人気観光地ヨセミテ渓谷のなかで、「誰もいない」というのは珍しい)、景色は、アンセルアダムスの写真のように色を消し去り白黒モノトーンで、分厚い雲の隙間から、ハーフドームの壁の一部がチラリ見えている。

静かな写真のような風景に、わたしたちは入り込む。時折聞こえるブルージェイ(だろうか?)の鳥の鳴き声で、あ、これは現実、と、意識が戻される。

ベンチでふたり静かに座っていると、ミュールディア(オグロジカ)がどこからともなく現れ、音も出さず、霧がかった湿原を、静かに横切っていく。とても静かで、平和で、すべてが完璧なバランスで成り立っている。地球の美しい芸術作品。



「雨もいいよね。君をここに案内できて、よかったよ」

雨が降っていなければ、ハロー、くらいの挨拶ですれ違っていた人とこうやって時間を過ごせたこと、そしてこれは私の前からの持論だが、初めての場所に足を踏み入れるとき、その場所を強く想っている人に導かれるのが、その場所を知るいちばん良い方法で、だから今回は、Russelにヨセミテの扉を開けてもらえたこと、雨がもたらしてくれた偶然に、感謝した。


が、ほんとうの、雨の恵みを知ることになるのは、これからなのだった。


Rain is just liquid Sunshine。
雨を嫌がらないで。
雨のなか、森にいることは、とても楽しいことなのです。
(ただし、しっかりしたレインギア着用のうえで。)

*

引用してばかりだけれど。
この人のこの感性、この表現力、実際に山の中で読んでいると、ただただ舌を巻くばかり。

「こんなにもすばらしい大自然の上にそそがれるたくさんの幸せなシャワーは、たまに美しい場所を見つけられない粒もあるが、山々の頂上に、輝く氷河の遊歩道に、森や庭園やモレーンの上に落ち、はねかえって、ぱたぱたと音をたて、洗い流すのだ。

・・・あるものは湖に向かう。さらに、急流の踊りや歌になりたくて、泡をつくりたくて、滝や渓谷に流れるものもある。この幸せな山の雨粒に幸運とよい仕事を与えたい。」

「神に祝福されたそれぞれの粒が、銀色の生まれたばかりの星のように、湖や川に、庭園に木立に、谷に山に殺到し、すべての景色は水晶の深い輝きを反射する。神の使者、愛の天使が威厳をもって送り込み、そして華やかに力を示す。そういったものの前では、人間のもっとも優れたものさえ空しく見える。

今は嵐も終わり、空は澄み渡り、最後の雷鳴が峰の上で聞こえる。さて、雨粒はどこへ行ったのか。あの光る集合体はどうなってしまったのだろうか。崇高に立ちのぼる蒸気は急いで空に戻っていくところだし、あるものは植物にとりかこまれて、まるい細胞の部屋の目に見えないドアを通ってゆっくりと移動している。

氷の結晶に閉じこめられたり、小さな春の花のために浸透性のモレーンのなかに入ったり、海に落ちたもっと大きな雨粒と合流するために川への旅を続けるものある。

泡から泡へ、美しいものから美しいものへ、つねに形を変え、ひとときも休まない。すべてが熱狂的な愛に包まれて流れ、星と共に神の創造物の歌を口ずさむのだ」

2009-10-27

召使いのまた召使いとして(ヨセミテ#3)

▲Liberty Cap (7076ft) and Nevada Fall , Yosemite NP, USA

ヨセミテ報告が全然できてない。

東京時間に呑み込まれて忙しくしてしまう、という理由と、
あの調和のとれた隙のない美しさを表現するには、どうしたって語彙が足りない、という自分の能力欠如の問題。

*
「ヨセミテの上のメルセッド川源流近くの雪をかぶった山頂が見えた。驚くほど近くに見え、紺碧の空に、くっきりと鮮やかだった。青い空気のなかに溶け込んでいると言うべきか。山々に空気がしみこんでいるようである。

山々への強い誘惑が私の心にしみこんでくる。山々のもとに行くことが許されるのだろうか。そうなるように日夜願っているが、実現するのは虫が良すぎるような気がする。誰か他にもっと適した、神のような仕事のできる人が行くべきなのだろう。

私はまだしばらくは、この愛の記念碑のような山々の周辺を漂流し、聖なる自然のなかでは、召使いのまた召使いというだけで満足しよう」

2009-10-22

Eyes to see, Ears to hear (ヨセミテ#2)

▲Panorama Trail, Yosemite NP, USA

Everything has beauty,but not everyone sees it.  -孔子

It seems strange that visitors to Yosemite should be so little influenced by its novel grandeur, as if their eyes were bandaged and their ears stopped.  -John Muir

*

世界遺産、ヨセミテ国立公園。

サンフランシスコから片道5時間、と、無理すれば日帰りできる近さに位置する便利さが幸いし(または仇となり)、アメリカで一番ビジター数の多い公園。

ここ数年のアラスカ通いで、すっかり自然の「大きさ」に贅沢になってしまった自分には、こんな人が多い場所なんて果たしてどんなものかいな・・・、と、食わず嫌いになっていた部分があるのだろう。サンフランシスコに立ち寄ることがあっても、ここまで足をのばす気には、なかなかなれなかった。

だから今回は、「2週間でアメリカの国立公園を6つ見る」なんて無謀なツアーを企画していたその昔、添乗の仕事で訪れて以来、たぶん、10年ぶりくらいの、本当に久々の訪問で、個人旅行としては、初。


その昔の添乗員目線で覚えているヨセミテ(当時の滞在日数1泊)といえば、

・グレーシャーポイントまでの山道は車酔いするから注意
・アワニーホテルで豪華なランチをいただく
・落差が世界規模の滝がたくさん

くらいの乏しさで、

数年前に企画したカリフォルニアをドライブするツアーでのヨセミテといえば、

・ハーフドームの頂上に登れる

だけの意味を持つ場所で、



だから、まさか、この場所の、

神々しいまでに威厳と存在感をもつ花崗岩の巨大一枚岩、
その奥に雪化粧をして続いているハイシエラの山々、
岩から流れ落ちるそして岩の隙間から染み出てくる水のエネルギー、
天に突き抜けるように大きく育った松と檜とオークの森が奏でる森の声、
氷河の力をすぐ傍に感じさせる谷の深さと転がるボルダー、

その全てが完璧に調和して成り立つヨセミテバレーの景色の一瞬一瞬に

これほどまでに心奪われるとは、

前回、私は、いったい何をどこを見ていたのだろう
なぜゆえに、何も感じられなかったのだろう
と、不思議になるほど

ナチュラリスト ジョン・ミューアが愛したこの場所は、凛と引き締まった秋の空気が満ちる谷のなかで何日か過ごすうちに、

わたしの心までも、すっかり虜にしてしまったのだった。

2009-10-21

Everybody needs beauty(ヨセミテ#1)

Four Mile Trail, Yosemite NP, USA

"Everybody needs beauty as well as bread, places to play in and pray in, where Nature may heal and cheer and give strength to body and soul alike." - John Muir

ソロ・バックパッキングの課題「軽量化」と、重量2キロ超す一眼レフカメラは相容れない。悩んだ上、コンデジしか持ってこなかったことを後悔した10年ぶりのヨセミテ国立公園。