2008-12-29

真っ当なご意見

人口3万人の街から、人口1200万人の街へ遊びにきた姪っ子、ただいま9歳。



「どう、東京おもしろい?」

「うん。ただ困るのはさあ、歩いていてぶつかっても、誰も「ごめんなさい」って言わないんだよ」



正しく育ってるなあああ。

2008-12-27

寒波のおかげで

@長野の、とある森の中

サンタクロースにお願いした「雪景色」は、この冬一番の大寒波とともに願いを叶えてくれた。テントの中に入れておいた水は、朝起きたら全部カッチン!と凍っており・・・。12月を、日本を、ナメていたようです。寒いっっっっ。



キーンと寒くて
静かで
ふんわり一面の新雪の真っ白な朝

うさぎの足跡を目で追いながら
ココアで体を温める

好きな、冬の時間



↓ サンタクロースが、自分の周りに、こんなにも沢山いたことを、改めて実感し、大変嬉しく思います。長野から戻って見れば、星野道夫カレンダーの嫁ぎ先、たくさん。たくさん。

連絡くださった方、ありがとうございました。(まだ受付可能です)

2008-12-24

サンタが心に降りてきて・・・星野道夫


夜、街を自転車で走っていると、たくさんのサンタクロースとすれ違う。みんな、ピザをもって・・・。ピザ宅配サービスは、サンタの格好するのが流行っているの?前から?


昨晩、夢を見た。
アラスカからやってきたサンタクロースは、夢の中の私にこう告げる。

「サンタクロースはおまえの心の中にある。慈愛の心、与える心を持ちたまえ」、と。


おおおおぅ、これは、こんなに豊かな暮らしをしていながら、いまだサンタクロースに「広角レンズ」「三脚」「ソロテント」「ビーコン」「i-pod nano」「GPS」「ギター」・・・と飽くなき欲望をぶつける私への戒めだ。サンタが私に何かを「くれる」のではなく、私がサンタとなり、何かを与える存在とならなくては。夢の中のサンタクロースよ、ありがとう。この世のみんながサンタクロースになったら、なんとあたたかで心地よい世の中になることでしょう。



・・・と、珍しくキレイな心の今日クリスマスイブなので、苺のケーキをつつきながら、今日はオーロラクラブのお手伝いをすることにします。


オーロラクラブ、は、友人が関わっている団体なのだが、故・星野道夫氏の意思を汲んだ仲間たちが立ち上げ、子供たちに、アラスカの氷河キャンプを体験させてくれる。3月の1週間、何もない氷河の上でオーロラ見上げながらキャンプした子供たちの感想は、なんとも素敵。


「真剣になって遊んだ。地球と遊ぶ、そんな感じだった」

「アラスカで感じ取ったものは、僕の心や体の隅々にまで染みこんでいる」

「月明かりがまぶしいなんてはじめてだ」

「目が覚めたときに起きて、食べたいときに食べる。寝坊も夜中のお菓子も咎められないなんて、素敵すぎます」

「ぼくも少しだけ自然の一部分になれたような気がしました」

「一番楽しかったことは、生きていくために働くことです」

「バンジージャンプがひっくり返ったくらい、成長しました」・・・


大人だって沢山感じることのあるアラスカの大地、感受性豊かな子供の頃に、しかも氷河の上で1週間も過ごすことができたなら、それはその後の人生に、大きな影響があるだろうなあ、と、思うのだ。そんな彼らが、資金源の足しに、と毎年作っているのが、星野道夫の写真をつかった12ヶ月卓上カレンダー。これがまた、一石二鳥・・・いや、三鳥。

1.毎月毎月、オフィスや家にいながら、アラスカの一風景が楽しめる

2.終わった月のカレンダーは、切り取ってポストカードに。日頃不義理をしている大切な人に、気軽に一筆。もらった相手も喜ぶ。

3.しかも、子供たちがオーロラの空の下で、何かを感じ取ってくれているのに、一役買っている。


これがたったの1200円(送料込み)、一ヶ月100円で楽しめるのだもの。
ここに来てくれている方は、きっと極北の大地を踏んだ方も多いと思うので、賛同してくれるサンタクロースがいることを願いたいと思います。

直近に私と会う人は直接、そうでない方はお送りしますので、どうか、ご一報くださいまし。



2009年
机の上にアラスカを。
子供たちにアラスカ体験を。




謙虚になった私は、サンタクロースには、銀世界の一晩をお願いしてみた。
明日は早起きして、この冬初の、雪キャンプへGo!

バッタが台所で飛び跳ねた

2008年後半の試みといえば、
「東京でちゃんと暮らす」

だ。今まで、ふらふらと旅人すぎて、足下の根っこを張らずに生きてきたのを反省したのだ。


旅に出て、出会えば必ず出向くのは、週末の朝市。

シアトルで出会った新鮮な野菜や花、
アンカレジで交渉して購入した巨大ドリームキャッチャー、
タヒチのじりじり照りつける太陽の下で見た色とりどりの魚、
カナダはBC州の田舎町で出会ったおばちゃまからは「あら、日本から?夫が日本人なのよ。これ持って行きなさい!」と買わずにもらってしまった鞄。

いつだってワクワク楽しめる朝市。自分の住む街、東京には、ないんだろうか?あの素敵な週末の朝、住んでいるここでは体験できないの??

・・・と調べてみたらあったあった、ありました。
東京朝市

ここで買った、立派な葉っぱ付き泥付き大根を洗っていたら、バッタが、ぴょん、と飛び出してきた。スーパーの野菜ではありえない、初めての経験。

しばらく狭い台所で鬼ごっこをした後、
ベランダからそっと外に逃がしてやる。

バッタが愛した大根は、生でポリポリ食べ続けられるほど甘かった。
「苦くなくて、甘い。これが無農薬の野菜の特長だよ」と、売っていたおっちゃんが、自慢げに話してくれたその通りに。


東京も、ちゃんと暮らせば、捨てたもんじゃない。

2008-12-23

傘を捨てた日


「晴れのち雨」
天気予報を無視して
自転車で出かけたら

こういうときに限って予報が当たるのだ

東京の空は
いつのまにかどんよりと灰色に
そして
冷たい雨が落ちてきた

雨はイヤ
靴は濡れるし
傘からはみ出した肩や鞄はしっとりと湿り気を帯び
電車の中はもわもわと蒸れた匂い

でも
ゴアテックスの雨具を身にまとい
自転車に跨ってみると
雨空の下を走るのは苦痛じゃなかった

そうだそうだ思い出した
山の中で
どんな天気でも楽しんでいたあの時間を

水たまりにわざと飛び込みながら
全身水浸しになるのは
覚悟を決めてしまえば
意外と楽しいものなのだった


傘を捨てよ
雨の空に飛び込め

雨具は都会でも役立つぞ

(でもこの時期は寒いので、帰ったらすぐに温かいお風呂に入ろう)

2008-12-22

サンタが馬小屋にやってきた

週末、素敵な仲間に囲まれて、
あまりに美味しいワインをいただき、イイ具合にほろ酔い気分になったので







・・・踊ってみました。

http://elfyourself.jibjab.com/view/ZIWqrLXBNocDT67hmYvr
(音でます!)

Happy holidays!!

2008-12-19

火の教え

お酒の席は楽しい話題に限ります。

というわけで、焚き火談義。焚き火に関しては、一家言ある人(・・・特に男性。火の精霊が降りてきたかのような気合い入った焚き火奉行は、どのツアーに行っても存在する!)は多いけれど、今回は、

焚き火は、マッチ棒一本でつけられるようにならないと!
と怒られた。


日頃、スイッチひとつで火が使える便利快適都市生活をしているものだから、いつまでたっても、火付け初心者。木が湿っていたりする日には、マッチ10本+新聞紙一束必要なのが私の現状だからね。アウトドアのエセっぷりがばれる瞬間で、恥ずかしい。


「コツはね、

コツは、マッチ棒と同じサイズの枝から始めることです。欲張らって、いきなり大きな木を入れないこと、焦らないことが大切なんですよ。」


なるほどー。
大きな火にしていくには、
焚き火も人生も、
辛抱強く、マッチ棒サイズの枝からジワジワと!

2008-12-17

星は天の神様の覗き穴




星は天の神様の覗き穴
 ・・・極北の先住民の宇宙像



今、雑誌Coyoteの「星野道夫トーテムポール」特集とコラボして、青山ブックセンターで、アラスカ大特集している。上の言葉は、同時開催の赤阪友昭さんの写真展でみつけた言葉。

それにしても、この本屋の品揃えは、ただでさえ本に対して財布のひもが緩いのに、ツボ突かれすぎて危険極まりない場所。

Amazonなどのweb本屋は本当に便利で、すでに決めてある本は今はネットオーダーも多いけれど、本屋に来て思うのは、人間も本も、縁があって偶然だか必然だか「出会う」ものなのですな、やはり。

先日も、お!あ!という衝動を抑えつつ、唯一お持ち帰りしたのは、1冊の文庫本。
なぜなら、犬ぞりキャンプしながら、オーロラを見るのだ!という目標を鼓舞してくれそうだからです

・・・3月末。「犬ぞりで原野にでかけキャンプしながらオーロラ!」少人数限定で、まもなく募集開始。(どさくさに紛れて告知)






「ゴールドラッシュに沸くカナダ・アラスカ国境地帯。ここでは犬ぞりが開拓者の唯一の通信手段だった。大型犬バックは、・・・大雪原を駆け抜け・・・、やがてその地に眠っていたものが目覚めはじめるのだった。」

2008-12-06

A New Way to Experience Time


いやいや、便利な世の中になったものだ。
って、昨日から、時代についていけてないお婆さんみたいな台詞だが。

10月にサンフランシスコのREIでみかけて、あ、いいな、と手に取りながらも、買わなかった手帳カレンダー、今頃になって、やっぱり欲しいかも・・・。

おおぅ。あったあった。しかも、アメリカで購入するのと値段変わらず。amazon万歳ー!



この手帳、分単位で生きるビジネスマンにとっては、全く実用的ではないです。

でも、この間の三日月&木星&金星 協奏曲 のように、たった1日だけみせてくれた美しい時間を見逃したくないなら、地球の呼吸を感じていたいなら、ぴったりの1冊。

月齢
潮の満ち引き
その時期見える星座や木や動物
日照時間

といった情報が美しいカラー・イラストで満載なのだもの。
(まあ、つまりは、日本の「二十四節気」のイラスト版、のようなものかな・・・)




2008-12-04

Yellow&Orangeの月が出た


随分と
便利な世の中になったものです。

パソコン上で本が作れるようになりました。

久々に長い間画面に集中し
ゴハン食べるのも忘れ
走りに森へ行くのも忘れ
そろそろ
パソコン酔いが辛くなってきたところですが


北の大地へのキモチを、
まとめてみたので
よかったら、覗いてみてください。

 Yellow & Orangeの月が出た


実は今でも旅の相談を受けていますので
その気になったらご連絡くださいね



忘れかけていた

表現したい
伝えたい
というキモチを

美しいものを探し出すココロを

久々に思い出させてくれた人たち(しかも複数)に
心から、ありがとう、です。



そして私は、
いい加減、パソコン、スイッチオフ!

2008-12-02

冬空が微笑む夜

昨日の私は

黄金色の銀杏の枯れ葉舞う地面にすっかりと気を取られていて
空を見上げるのを忘れていた。

うっかりにもほどがある。

夜、複数の人から、興奮気味に連絡が入る。
「ねえ、見た?今日の夜空はにっこり微笑んでいるよ!」

木星・金星・月が並ぶのは、すごーーく珍しい現象、らしい




東京にいても、遠く離れた場所に立っていても、見ている空は同じなんだというのがなんだか新鮮で嬉しくて、

そして同時に、

どこにいたって、
(東京にいるからというエクスキューズは無しで)
こういう小さく美しい宝物を見逃さないよう、

感度を磨いておかないとね、



スマイリーな夜空に誓う




あなたは、気づいた?

2008-12-01

7Wの光を明るいと感じていたい


また更新頻度が鈍っていますが、このコ(blog)の存在を忘れたわけではありません。私の24時間におけるコンピュータの占める割合が減っているだけのこと。


山梨の里山へ出かけた。

東京からすぐそばなのに、アラスカの人たちみたいに、自力で家を作って、鶏を飼い畑を耕し、生きている家族がいるのだ。結局は、どこに住むかは関係なく、気の持ちよう・・・なのかな。

その日の暖は、日が暮れる前に自分で斧を振り下ろして割った薪が頼り。燃える木がつくりだす柔らかな温かさにじんわりと心を溶かし、

7Wの電球の、夜の闇の邪魔をしない明かりに目を慣らして星を眺め、

そうして東京に戻ってきたら、

キランキラン
ギラリンギラリン

と、何百・何千Wものクリスマスのイルミネーションで眩しく、クラクラと目が回る。



いつものように、夕暮れ時の茜色の空の下、白い息を吐きながらジョギングをしていたら、遠くの山からふんわり紙ヒコーキが飛んできて、足下にポトリと落ちた。

「アラスカを旅して吹き寄せてくる風の匂いを、ちゃんと感じていますか」

と書かれた紙ヒコーキのこの飛ばし主は、私にとって、アラスカで出会うグリズリーのような存在だ。遠くからそおっと、忘れちゃいけない宝物を思い出させてくれ、いき急ぎ、忙しくイライラしがちなスピードで歩く私に、ブレーキをかけてくれる。

というわけで、
大切な人には、メールに頼らず、手紙を書こう。
久々にアラスカの匂いを嗅ぎに行こう。
 ↓

@青山ブックセンター本店内 カルチャーサロン青山
日時;2008年12月16日(火) 開場18:30 


走る走る。

今年の目標のひとつ、42.195キロは確かに達成したけれど、スタートを踏むまでの努力と追い込みが足りない、テキトーな気持ちで臨んだ結果でのゴールは、たいして嬉しくもないのだった。

だから

ちゃんと準備して、スタート地点に、もう一度、立つのだ。スタート地点に立った時点で、すでに達成感があるほどの気持ちで。 Impossible is nothing。


新聞に紹介されていた気になる本。
早速注文。



というような毎日を送っています。

2008-11-15

空がない

「今日、月、見ましたか?きれいですよ!」

と、山に住む遠くの友人から、メールが届く。

窓から外を覗くと、東の空は、建物で覆われていて、見えなかった。上着も羽織らず、そのまま外を10分ほど歩くが、出たばかりの地平線近くの月は、どこまで歩いていっても見えないのだった。



便利を選択するということは、
美しい瞬間を手放すということなのだろうか。

少年老いやすく・・・


高尾山の紅葉、見頃です。



「歩いて1分トレイルヘッド」という、天国のような環境=カナディアンロッキー、でひと夏過ごしてしまった後の悪い弊害は、

「電車乗り継いで最低1時間、わざわざ遠くまででかけなくてはいけない」 日本の山行きが、どうにも面倒くさくなってしまったことだ。

が 、東京に住んでいるんだから、そんな文句いったって、山が近づいてくるわけでもなし、現状は現状として潔く受け入れるべし。

というわけで、 カラッ 、と、太陽が笑うさわやかな秋空の陽気に背中を押され、久々に森を走りにいこうと電車に揺られた。




私:「ねえ、筋肉つけるのは時間かかるくせに・・・、ちょっとサボると・・・、ハアハア・・・、すぐに体力って落ちるよねぇ・・・。ああ、いつものコースなのに・・・今日は、何だかキツイ・・・ハアハア」

友:「それを、人は「老い」と呼ぶんだよね」





「オブラートに包んで柔らかく物事を言う」ような、高度な話術を知らぬ(でも心優しく、私のノロマなペースに笑顔でつきあってくれる)友人の言葉にグサリとさされ、

ちゃんと相手のペースを乱さず走れるよう、きっちり体力メンテナンスすることを、遠くに見えた富士山に誓う。

2008-11-14

匂いの記憶

用事があって、朝5時半起床。ブラインドを開けると、満月を過ぎ少しだけ欠けた月が、まだ明けぬ空にぽっかりと、オレンジ色に弱々しく光る。


やがて、
ゆっくりとピンク色に染まる空。

人口1280万人の空の下でも、

不思議と

朝の空気は、混じり気なく、どこまでも透明な匂いがする。

この匂いは、遙か彼方の北の大地で、確かに嗅いだことがあり、朝から少しだけ幸せな気分にさせてくれる

だから

冬の
早起きは、
嫌いじゃない。

(たまになら)

2008-11-13

お金持ちがつかう机

ルピナスさん、読みましたよ!しかも、昨日!!何という偶然でしょう!!!」



わざわざ連絡をくれたM・Kさんへ、

もう一冊、たぶん、好きであろう・・・、ユーコンの川の上で、トラビスの話を聞きながら感じた気持ちを思い出すであろう本を、ご紹介しておきます。 私が、アラスカの氷河の上で読み聞かせしてもらい、その後、自分の気持ちがぶれそうになったときに、何度も何度も、手に取っている絵本です。



それから、

これ、コドモだけじゃもったいない、意味深いよなあ・・・という絵本をご存じの方、教えてください。

なお、絵本は、翻訳者の意識が入る前の、原本を手に取られることをお勧めします。何しろ絵本なので、英語もカンタン!




まだ半分?もう半分!

コップに半分入った水。
まだ半分派?もう半分派?

じゃあ、ガソリンは?



ガソリンメーターが半分を下回る。私の場合は、「おおっと、もう半分しかない。給油しなくちゃ」と思う「もう」派だ。300キロ進まないと次のガソリンスタンドがないアラスカじゃなくて、1キロごとにガソリンスタンドがある東京でだって、この基本的考え方は変わらない。

ガス欠で立ち往生なんて、とんでもない!!

ときに大胆な行動をすることもあるが、基本的には臆病で慎重な人間なのである。

だが、この間、同乗したドライバー、ミスター・無鉄砲は、私とは、思考回路を異にしていた。

(ちなみに、このミスター・無鉄砲、山の中にいるときは、人を率いているときは、何重にも安全へのプロテクションを重ね、そりゃお見事な、「石橋を100回叩いて渡る」ほどの安全重視派、という前提の元、下の「まさか」話につながります)



「あ、やべぇ。ガス入れるの忘れた」

朝から丸一日、山で動いた後、素朴な温泉で温まり、すっかりリラックスモードになっていた。さあ、頑張って4時間の道のりを帰ろう、渋滞ないといいねぇ、といいながら、コーヒー買ったコンビニの駐車場で、ミスター・無鉄砲は、最初の不穏な一言をつぶやいた。

「よし」と、さらに独り言を言うと、左折し、車を発進させる。

誰もがガソリンは「もう半分」と考えるに違いない!と思いこんでいた私が、あえて、ミスター・無鉄砲に確認することもなく、「ガソリンが半分くらいなくなって、だから、町に戻って給油して帰るのだろう」と勝手に判断したのも、無理はあるまい。

だって、そこから、次のガソリンスタンドがありそうな街までは、くねくねと、街灯もない真っ暗な裏道を数十キロ、山越え、なのだから。

ところが、道はどんどん登って、どんどん細く、どんどん寂しい風景へと変化していく。

「???ねえ?どこ向かってるの?ガソリンスタンド、この先にあるの??」

「ないよ。街は逆方向だもん」と、無鉄砲男。

ええっっと、ガソリンはあとどのくらい?と、運転席を覗き込むと、


げっ、半分どころか、Eランプついてるじゃーん。


そう、このミスター・無鉄砲は、あろうことか、「エンプティランプはさっきついたばっかりだから、きっと数十キロ先の小田原まで大丈夫。だって、街へ戻る道、混んでたし、面倒くさいじゃん?きっと大丈夫~」

と、判断していたのだ。慎重派の私からしたら、まさか!、な、脳天気で楽天的な判断じゃないだろうか。

こんな真っ暗な、人気のない道で、車止まったらどうすんの。
私、明日用事あるし、ヒッチハイクして、ひとりで帰るからね。

と、私の冷たい視線と重い空気をようやく察し、

あ、もしかして、ヤバイ?

と判断した(かもしれない)彼は、

BGMもエアコンも、「余計なガス使うといけないから」と消し、
無駄話もやめ、
姿勢を正し、
ハンドルを10時10分の位置にきっちり持ち替え、

なるべくアクセル踏み込まないように、そろりそろりと進み続ける。

途中、登り坂が続いたり、
エンジン音が、ふっっっ・・・と軽くなるたびに、寿命を縮ませ、

いやいや、「何事もイメージトレーニングが大切だから。ガソリンスタンドでほっとしている姿を想像するんだ!」と、それぞれの脳裏にその姿を一生懸命思い描きながら、

極度の緊張感漂う車は、
遙か遠くの街明かりを眺めながら

野を越え
山を越え
峠を越え

もういい加減

コンビニで買ったものの手つかずのコーヒーがアイスコーヒーかと思うくらいに冷め切って
寿命が1時間くらい短くなって、
胃に穴が開きそうに気持ち悪くなった頃、

天国の明かりが・・・またの名を、ガソリンスタンドが、箱根の山奥に現れ、ふたり、固い握手でその出現と自分たちの無事を喜び合ったのだった・・・。



後で詳しい人に聞いたら「高速のサービスエリアが50キロごとだから、エンプティランプがついてから、そのくらいは走るようにできているよ」と聞き、

なああああああんだ、あんなに心配する必要なかったのか、と安心したが



今回の教訓は、

「エンプティランプは怖くない」


・・・じゃなくて、

「今後、、ミスター・無鉄砲の車に乗るときには、出発前のガスチェックを絶対に忘れないこと」



「もうダメダメダメ無理無理無理、と思っても、そこからの底力は意外にあるものなので、何事も、早々に諦めず、希望を持って進むこと!」

という、

どこかの、安い人生教訓本にでてきそうな、超ポジティブ思考な人生論、で、まとめておきたい。

2008-11-12

世の中を美しくする仕事

安曇野の後は、駒ヶ根まで出かけてきた。どうも、すっかり長野づいている、この秋。紅葉も終わりかけででも雪山にはなっていない、この中途半端な季節にわざわざ出かけたのは、もうすぐ日本を発ってしまう大切な友達に会いにいったのだ。

クマを見たいとか、100キロ歩きたいとか、山を走りたいとか、私の突飛な思いつきに、「いいねぇ!やろうやろう!」と、いつも笑顔で賛同してくれる、数少ない友達・・・彼女は、年明けから2年間、日本を離れ、遠い赤道直下の、大きなミカンの名前みたいな国で、エイズ対策のために頑張ることにした、と言う。


最近、「世の中を美しくする仕事」ということばに出会って、ハッとしたが、

安曇野で出会った人たちも、
この彼女も、

いい仕事している人たちは、
横で見ていても、美しい。



そして
我が身を振り返れ!





▲世の中を美しくする、おばあさんの話。
 絵本って、なかなかどうして、あなどれない~

くすぐったい主役の日

安曇野編、最後です。



小さい頃、誕生日が・・・、いや、誕生「会」が、大好きだった。大切な友達を呼んで、おかあさんが美味しいご飯とケーキを作ってくれて、日頃は麦茶なのにこの日だけはジュース飲んでもよくて、食卓を囲んだ友達が、かわいらしい包みのプレゼントをくれて。その日ずーーっと、私が主役。たくさんの人が笑顔でおめでとう、と言ってくれる、嬉しく、くすぐったい、うふふふふ、な日。

「誕生日プレゼントをもらうのか誕生日会をするのか、どちらかにしなさい」という親からの二者択一命令のもと、たいがいは、誕生日会を選択していたのは、親の仕事柄、1,2年で転校していたため、「いつかは別れ行く」友達と過ごす時間が愛おしかったのかなあ、と、今となっては思う。

まあ、何にしろ、コドモの頃は、誕生日とクリスマスと正月は、1年のなかでも大興奮な「ハレ」の日だった。(・・・あ、今も?)


そんな嬉しい気分を、久々に思い出させてくれたのが、安曇野の森の幼稚園。私が立ち寄ったその日その時間は、ちょうど、「誕生日会」が開催されるところだったのだ。




この日の舞台は、枯れ葉広がる森の中。みんなが丸く座り、主役の台には、きちんとアイロンで折り目がつけられたテーブルクロスが引かれ、花が飾られている。

奥で隠れていた主役の女の子は、布キレをマント代わりに肩から羽織って、準備万端。金と銀の折り紙でできた冠を被った、月の妖精と星の妖精に手を引かれ、みんなを見渡す主役の席へ着席。

月と星の妖精から、みんなのメッセージが書かれた色紙をプレゼントされた後、

隣にお母さんが座って、この女の子の4年間の歴史を、写真紙芝居ふうに、みんなに説明してくれる。「11月x日、xxxgの大きな赤ちゃんで産まれてきて」「xヶ月で、もうお話するようになったのよ」・・・。自分が育っていくその紙芝居を見ながら、女の子は、くすぐったげな表情で、お母さんを見上げ、みんなを見渡す。

次に出てきたお父さんは、女の子の横で、「1日先生」役。得意の切り紙で、ハロウィンに出てくる、カボチャやコウモリやガイコツを、魔法のように、あっという間に切っていき、みんなをおもてなし。女の子は、自慢のお父さんをみんなにも知ってもらえて嬉しいなあ、と得意げな様子で見守っている。



そう、この誕生日会がすごいのは、ケーキもプレゼントも飾りも、お金かかったものなんて、何ひとつなかった。それなのに、この日主役の4歳の女の子にとっては、きっと、どんなにお金かかった煌びやかな贈り物を差し出しても叶わない、幸せ溢れる日だったろう、ってことだ。


先生、友達、そして両親の愛情がプレゼントとして溢れていた、この幸せな誕生会は、大人になっても忘れずに覚えているんだろうなあ。彼女のキラキラ輝く表情から発せられる幸せな空気を、横からまともに吸い込んでしまった私は、しばらく動けず、一緒になって、うふふと嬉しくなっていたのだった。






そういえば、密かな愛読漫画も、この、ふわふわ幸せな世界観。

2008-11-11

森のなかで育つ

ここ、入園したい!思える幼稚園に出会った。

こんな場所で、暑い夏の日も寒い冬の日も雨の日も風の日も、毎日毎日過ごせる園児たちがは、どんな感受性をもった大人に育っていくのだろう???



・場所は安曇野の高原、広葉樹の森の中

・雨がふったら、大きな青色タープを張る、(・・・が、コドモたちはレインギアに長靴で、雨なんてお構いなしに遊び回っている。)

・園舎はない

・おもちゃもない

・が、木からつり下げられたブランコあり

・それに、小さなツリーハウスあり。が、ハシゴはなく、ロープが下がっているだけ。工夫して登る知恵と体力が要求される

・トイレは落ち葉を利用したコンポスト

・お昼ご飯は焚き火でつくる


--- 野外保育 森の子



いいなあああああ。

ひとあし早く、クリスマスの贈り物



安曇野は、たくさんのアーティストが移住してきている街で、その作品を見に行きたかった、というのが今回訪れた大きな理由のひとつだったが、


そのひとつ、長閑な河原の、ボロな掘っ立て小屋で開催されていた写真展は、とても暖かい空気が満ちていて、・・・カッチョイイ新宿や銀座の高層ビルのなかで見る、ツンと気取っていてクールな写真たちとは、ひと味違う・・・、素朴さ全開、ココロにすとーんと響くエネルギーで満ちている写真たち。ああ、この、木のざわめきが鳥の鳴き声が小川のせせらぎがBGMとして聞こえてくるこの場所で、この作品に出会えてよかった、と思ったのだった。


で、その作品のひとつに、こんなような言葉が添えてあったのです。


「小さい頃、親から一本の木の苗をプレゼントされた。そのときは、木なんかより、野球のグローブのほうがいいのに、と恨んだものだが、今、大きく立派に成長した木をみて、ああ、あのときのプレゼントが木でよかった、と思う」、とかいうような。




早くもクリスマス商戦始まった、カナダのアウトドア用品店から送られてきたニュースレターを眺めていたら、ふと、あの写真を思い出したのだった。

--- Canadian Parks And Wilderness Society

ぱかっ、とふたつに

「長野人は、手で林檎を半分に割れるんだよ」

って、ホントですか。



安曇野を案内してくれたその人は、そういって、「これは、近所の人が作った林檎」と、ポケットの中から当たり前のように青く小振りな林檎を取り出し、(って、ポケットの中に普通林檎をいれておくものでしょうか?)

ぱかっ

と、手品のように、本当にきれいに真っ二つに割って、差し出してくれた。


酸っぱくて
じんわりと優しく甘い
それはそれは
美味しい美味しい林檎で

味覚を押さえられた私は、この瞬間、タチドコロに、安曇野ファン決定。

2008-11-10

冬じたく

冬が
こんにちは、と
挨拶がてら通り過ぎた。



冷たい風が私の頬を撫でていった日、そうかそうか、いつまでも夏気分で素足にサンダル履いてる場合ではないのね、と気づき、冬支度。

家でも山でも必須のダウンジャケットと、冬用のブーツをクローゼットの奥からとり出し

ペルー・クスコの道端で、商売上手なオヤジに40ソル(=1300円)で押しつけられた「リャマの絵柄が描かれた、オヤジ曰わく「100%アルパカ。アタタカ。」(*注* アルパカは、カシミアより高級でふわふわの毛。こんなに安いわけがないです)な敷物」を、ソファーの上に広げ

暖房は、壁についている床暖房のスイッチを、on!、で終了。




安曇野の人たちも、
冬だ冬だ冬支度だ、と、
忙しそうだったが、それは、

干し柿にするために、昨日もいだ柿を、今日中に200個皮剥きしなくちゃいけないんだよね、とか、

煙突掃除と来年4月まで使うに十分な薪割りをしなくちゃ、とか、

野沢菜漬けをつくるのに、小川で野沢菜を洗うのだが、その川の温度は14度と年中一緒だから、冬は意外に温かいんだよ、とか、

なんか、私のそれよりも、ずっと、タダシく大変で楽しそうな「冬支度」で、そのソワソワとした様子が、何だか羨ましいのだった。

2008-11-06

安曇野の神様たち



安曇野の村には、街角に道祖神が立っている、というのは知識としては知っていたが、

山やスキーの帰りに、車で足早に通り過ぎるだけでなく、ゆっくりと自分の足で歩いてみたら、ようやく分かった。

この村には、本当に、たくさんの「神様」が住んでいる。
だって、滞在中、

静かで
穏やかで
温かく満たされた気分を


何度も何度も味わったのだもの。



その気分は、
ただの通りすがりの私なのに

新米のお握りや
根菜いっぱいの味噌汁や
わさび漬けや
虫の食った美味しい野菜や
手のぬくもりで温くなった酸っぱ甘い林檎を

村の人から差し出された、という、「もらった」事実からだけでは、決してない!


(この章つづく)

水玉模様の青梗菜


自分が、どうしようもない都会育ちだな、と実感させられるのは、

ネギや
大根や
蕪や
人参や
柿や
林檎や、らが

スーパーマーケットの蛍光灯の下でキラキラと行儀良く並んでいるのではなく、大地からニョキニョキと生えているのをみて、

おおおおおぉぉぉ、と、心動いてしまう、あたりだ。

野菜は、100円玉数枚で交換するモノじゃない。
土と水と太陽からの贈り物、だ。

なんて、当たり前のことに今更気づき感動して

畑をぼおっと見ていたら、
畑の主が、
大根と
水菜と
青梗菜を

持たせてくれた。

家に帰り、
穴がポコポコ開いている青梗菜の葉っぱを茹でながら、
穴の開いた葉っぱって、久しく見ていない・・・というまた驚愕の事実に気づき、

虫も美味しいと言って食べたこの葉っぱを
しみじみと嬉しく味わう夜だった。


先日、日本の、素敵な里山を再発見。

26.2マイル先の青い箱


2008チャレンジシリーズ、第?騨レポート。

「ご褒美はティファニーの青い箱」を書いたのは・・・、もう半年前。そう、サンフランシスコで行われる「Nike Women's Marathon」への挑戦状。ゴールしたら、メダルならぬ、女の子が大好きな、ティファニーのネックレスをもらえる、というマラソン大会。

アメリカのなかでも人気ある大会で、申し込み多いらしく、クジ運ない私が通るわけないよね・・・、と高をくくっていたのに、何故やら、東京マラソンを超すであろう高倍率を見事に勝ち抜き、「congratulation! マラソン参加権当選です。おめでとう~」のメールを受け取ってしまっていた。ので、


ううううう、42キロ・・・、と、自分の浅はかさを恨みつつ、サンフランシスコで、10月19日の朝を迎えた。


アスファルトをちゃんと走ったのは、ハーフマラソンまで、その先の21キロは未知の世界、という初めてのフルマラソン挑戦だというのに、夏の間の長い旅疲れと、久々の都会生活疲れ・・・というexcuseのもと、大したトレーニングもしないままこの日を迎えていた私は、

こんなフザけた態度の怠け者には、マラソンの神様が「なめるんじゃないよ」と、そっぽを向いてしまうよなあ、いったい自分の体力貯金でどこまで走れるのやら、足、故障したらどうしようか・・・と、走る前は、かなり弱気になっていたが、

いや、実際、30キロ過ぎたあたりから、両足フトモモが、「これ以上はもう勘弁してください。お願いしますぅぅ~」と全面ストライキに入りそうになるのを、なだめすかしながら、ヨタヨタと歩くスピードで走っていたわけなのだけれど、

ゴールデンゲートブリッジやら
高級住宅街やら
ひたすら続く太平洋やら、と、
変わりゆく飽きない景色に助けられ、

数時間後(=マラソンやっている人からは、それはマラソンタイムじゃない、と鼻で笑われるくらいの「数」時間後、)、無事、黒服タキシードのお兄様から、ご褒美をもらうことができたのだった。

もう、ブランド信仰なんて、遙かかなたの昔話だと思っていたのに、ティファニーの 青い箱は、やっぱりうれしかったです。それが「フルマラソンを走った」充実感の証なのか、「ティファニー」だからなのかは分からないけれど。

次は、ちゃんと目標時間決めて、トレーニングしてから、走り直すことにしよう。いい大会(=楽しい気分になれて、涼しい気候で、景色がよい大会)あったら、教えてください!

それから、数年前の私と同じように、「えぇ、走るのだけはイヤイヤ」、と思う人は多いだろうけれど、でも、マラソンのこの魅力は、意外に楽しいものだよ、と、お節介ながら加えておきます。

蛇足

慣れないマイル表示に、「ええっと、6マイル通過ってことは、掛ける1.6で・・・10キロ弱ってこと??ってことは、55分というのは・・・このペースでいいのかな・・・」と、酸素足りてない頭で必死に掛け算しなくてはいけないのが、計算外だった。ちなみに、42.195キロは、26.2マイルです。いつも思うが、分かりづらい、アメリカの度量衡。

2008-10-05

がらくたと宝物の境目


クイーンシャーロットには、10日間近く滞在していて
その10日間の毎朝ほとんど、
(1日だけ台風もびっくりの大嵐の日があったので、その日を除いて)
目の前のビーチを散歩していた。


落ちている白頭鷲の羽を喜んで家に持って帰ると

家の主のHeronは、
「はははは。ここじゃあ、カラスの羽の方がよっぽど珍しいんだけどね」

と、
がらくたを宝物のように大事に扱う私を、豪快に笑い飛ばす


何だか
贅沢な島だよなあ

くじらざぶーん

くーじら、くじら。

クイーンシャーロットに行ったら会えるよ、と
何人もの人に言われていたけれど、
8月は少し時期が遅かったみたい



それでも遠くで背中や尻尾や潮吹きを何度か見せてくれて
写真ではこんなチッポケな証拠しかないけれど



私の心の中には、だいちくんのこの絵 ↓ と同じくらいに
大きな存在感を残してくれた



近くで会えるのはいつのことやら

2008-10-02

Totem Poles

@Prince Rupert, B.C., Canada



@Kitwanga, B.C., Canada




@Queen Charlote Is., B.C., Canada

2008-09-30

河は動く

@Stewart, Canada

大地は隆起したり削られたり動いたりしながら形を変えているんだ、山も川も氷河も森も、今、目の前にある景色は、「今」だから見られるんだ、

ってこと、最近、ようやく分かるようになってきたよ。



@Stewart, Canada

Blue Sky

@Sandspit, Queen Charlotte Islands

2008-09-28

Grizzly 舞台裏

@Stewart, Northern B.C.,Canada


一番好きなヒトコマが、この一枚。


このまま続けると、初めてのコドモが可愛くてしかたないデレデレの親バカ、のように、延々と熊観察日記になってしまうので、(・・・熊だけで数百枚の写真がある)、ここで止めておきます。

でも、熊の生態を直に観察できる機会があったなら、誰もが、私のこの熊への愛情を理解してくれることでしょう。動物園ではきっとダメで、野生の動物だけが持つ魅力、というものが、ある。



この熊たちに出会うのは、襲われる危険にびくびくすることも、類い希なる強運の持ち主である必要もなく、

・蚊と根気よく戦う根性と、
・いつ出てくるかわからないヤツらを待ち続ける忍耐力と時間

さえあれば、実はすごく簡単で・・・、
舞台裏を明かせば、こんな様子なのでした。



Grizzlyのロッククライミング

@Stewart, Northern B.C.,Canada

「僕の手はクランポンのようなものなので、木登りも岩も、まあ得意なんだけど」

Grizzly 今日の晩飯

@Stewart, Northern B.C.,Canada

Grizzly あ!? 


@Stewart, Northern B.C.,Canada

クイーンシャーロットはどこにあるの?


今日、お台場の風に吹かれてハンモックに揺られながらビールを飲んでいたら、一緒にいた友人から

「クィーンシャーロットってどこにあるの?」
「スチュワートってアラスカ?」

という質問をもらったので、ここでいきなりですが、地理の授業です。
クィーンシャーロット、そしてスチュワート(カナダ)&ハイダ(アラスカ)は、

●カナダの西海岸、太平洋に面した「ブリティッシュコロンビア(B.C.)州」(=バンクーバーのある州)の北部にあり

●この夏滞在していたカナディアンロッキーからは、
地図で見れば目と鼻の先、
グレイハウンドバスで行けば
  往復330ドル
  または2000キロ
  またはバス車内で2泊する長さ
くらいの近さ、というか、遠さで

●その場所に目がいった一番の理由は、大好きなアラスカと大好きなユーコンに接していたからであり

●入り口の町となるPrince Rupertは、アラスカ行きのフェリーが出発する「北への入り口」という役割を持つ鄙びた町で

●大好きなアラスカは、何故か海岸沿いにB.C.州に張り出してビヨーーンと伸びているのだが、このアラスカとB.C.州の境目一帯は、氷河製造大工場コンビナート地帯のため、巨大な氷河をあっちにもこっちにも見ることができ

●動物は
太平洋から川に遡上する鮭とそれを食べる熊がわんさかとおり、
さらに、初夏になるとはるばるメキシコあたりから鯨が北上してきて、
さらにさらに、海底にはウニやカニやヒトデやカイがカラフルにウニョウニョ泳いでいるし

●植物は
雨がどしゃどしゃ降るためシダー(杉)やらスプルース(トウヒ)やファー(樅)がぐんぐん成長して見上げるような大木となり、しかも苔がモサモサと、隙さえあればどこにでも、地面すべてを覆い尽くすかのように生えていて

●すれ違う人といえば
日本人と顔そっくりの先住民のあちらこちらに色濃く、トーテムポールがふとしたところに立っており、

と、あっちをとっても、こっちをとっても、アラスカ好きなら、鼻の穴膨らむ要素満載の場所、が、このあたりです。

では、引き続き、グリズリー三昧の夢のような数日間から、写真つづけます。

Grizzly 腹が減ったぞ飯はどこだ


@Stewart, Northern B.C.,Canada

Grizzly 視線の先は鮭


@Stewart, Northern B.C.,Canada

2008-09-27

Grizzly

@Stewart
サーモンを狙うグリズリー



野生の熊の、この迫力あるオーラに、いつも私は金縛りにあったように動けなくなる。

2008-09-26

季節は戻って8月の旅へ


咀嚼するのに時間がかかる体験、っていうのもあるのだな。
8月、Northern B.C.を旅した。クイーンシャーロット。そして辿り着いたスチュワート。
そろそろ落ち着いて、考えられる・・・かな?



長時間ドライブに疲れて、路肩に車を止めた。3時間ぶりに立ち上がり、むぅぅーーー、と大きく「伸び~」をする。と、目の端に入るピンクのファイアーウィード(ユーコンやアラスカの州花・ヤナギラン)が、「やあやあ、はるばる北にきたねー。ようこそ!!」と言ってくれているようで、嬉しくて近づいていく。

と、ピンクの花の先では、黒熊が、むぅぅーーー、と大きく「伸び~」をしていた。

2008-09-25

共に旅した仲間たちへ /Yukon2008


そろそろ今年のユーコン旅の話題も、このへんで終わりにします。

終わりにします、が、旅が終わり10日間、多忙な日常に戻りつつある参加者から、感想が届き始めたので、転載しておきます。それから、ここには載せませんが、他にも、直接メールをくださった方、お手紙をくださった方、ありがとうございました。皆様のその感想が、その感じた「何か」が、多分、この仕事を続けていて私が一番嬉しい・・・やっていてよかったな、と思える瞬間です。ありがとう。



もう、このPCの前に座っているだけで、東京やNYの街角の光景まで覗けてしまうような、無料でテレビ電話ができてしまうような、怖いほどに便利な社会になった今、

地球上に残された、人間が手をつけていない「原野」は、もうほんとに僅かしか残っていなくて、その僅かな一部が、アラスカであり、ユーコンであるのだけれど、 (・・・ユーコンは日本の3倍の広さに人口3万人、だそうです。私が住む東京都中野区は、30万人!おぉぅ。)

その中で感じられる「何か」というのは、果てしなく深く、それは普段、フロントカントリーの生活では忘れている(・・・というか不要な)「何か」であるので、その気づいた「何か」を大切に、今後の人生にとけ込ませ、素敵に楽しんでください。

また機会ありましたら、一緒に北の大地を旅しましょう。


ps
私の今年の「何か」・・・は、「音楽」。
昨日、実家に立ち寄って、20年ぶりに、ピアノの鍵盤に触ってきました。子供の頃、10年以上も習っていながら、先生に怒られての「学ばなくてはいけない」ピアノでなく、楽しいピアノ、と思えたのは、実は初めての体験だったのが、小さい衝撃でした。

「風が吹くと桶屋が儲かる」みたいですが、「ユーコンに行くと音楽に触れたく」なるよ。ホント!





カヌーはとてもよかった。川の流れにまかせてゆっくりと進む。漕いで漕いで自らの力で進む。

耳を澄ませば川の流れる音、木のざわめく音、動物の鳴き声などが聞こえる。すごく静かなんだけど、静かだからこそ聞こえる色んな音。大自然の演奏、すっかり聞き入ってしまいました。

そして景色。途中、崖の上からの景色は・・・身体震えました。
っていうかあんなに遠くまで見渡したのは初めて。ユーコンの大河、黄色く染まったアスペンと緑の針葉樹との色合いが絶妙な森、真っ青な青空。それがどこまでも広がって・・・あの景色は絶対忘れません。

何が一番印象に残ったかって言うと

「ユーコンという場所」

です。ガイドのジョー、ジャン、そしてスタッフのりょうこさんもユーコンが大好きで、だからそれがこっちにも伝わってきて。色んな角度でこの地に接することができて楽しかった。そして僕もユーコンが大好きになりました。

「ユーコンが好きになった」
うまく言えませんが僕にとってこの旅を総括するとそんな感じです。




ユーコンの、文明の何もない世界で感じたことを大事にし、まだ、余韻が残っています。

日本についたときの、音のうるささ、人工光の多さ、時間の早さ、すべてに、なんで私たちはこんなにも行き急いでいるのだろう・・・そんな思いにかられました。

あの絶景は一生の思い出であり、あの時、五感で感じたことを忘れずに生きていきたい。

今日は、家に帰って、いらないものを一気にトランクにつめたいな。人は何もなくても生きていける。シンプルな生活こそ我を思い出させてくれる。

こんな簡単にしかこの旅を表現できない、自分が悔しいです。




当たり前に使っている便利な道具もないし、ガスも電気もないところだけど、そういうものを取り払って丘の上から見た360度のパノラマは圧倒的だけど、なぜか親しく感じられて、

自分はこの中で生きてるんだなあ…、という一体感を持てたことや、そして、そんな体験を共有できる仲間がいるという幸せを噛みしめたこと、

そんなことの積み重ねが、すごく大きな塊になって残っていて、それを言葉にするのが難しいのだけど、言葉にしてしまうのが惜しいという気もします。


カヌーが上手く漕げず、川の上をくるくる回ったこと
寒い中深夜まで焚き火を囲んでオーロラを待ったこと
Joeの歌声、Jeanの手料理、仲間の笑い声、

一つ一つの出来事が今でもふと思い出され、その度に温かい気持ちにしてくれます。 こういう旅に出会えた自分は、本当に幸せ者です。

ずっと優しいまなざしで見守ってくれた Joe
いつも楽しさとおいしさを提供してくれた Jean
一緒に旅をしてくれた Team My Dear の仲間たち
そして、私にユーコンを教えてくれた涼子さんに、
深く感謝致します。





2008-09-23

熊さんどうぞ  /Yukon2008


1日漕ぎ疲れてキャンプ場に到着し
重たい荷物を船から降ろし何度も往復してキャンプ場へ運び
カヌーをよっこらせ、とひっくり返し
さあ、今日はどこにテントを張ろうかと

ようやくほっと一息ついたそのときだった。

真新しいdigging(=グリズリーはその長い爪(・・・つまり熊手ですね)を使って土を掘り起こし、中にいる草の根や虫を食べる。diggingはその掘り起こした跡)と

まだホカホカさが伝わってくるような、食べたのはクランベリーだねと簡単に把握できるような糞をみつけてしまったのは。



「6人以上のグループで、熊に襲われたというデータはない。今回は14人もいるんだから気をつければ大丈夫・・・だよね?」という考えが、全員のチラリと頭をよぎったのは事実だ。 認めよう。

・・・だって、もう頭の中は、本日もお疲れ様さあ冷たいビールで乾杯!な気分なのに、もう一度カヌーをヨッコラショとひっくり返し、荷物を詰め直し、疲れた腕に鞭打ってこぎ出すのは、考えるだにやっかいじゃないか・・・、


でも、糞を目の前に、みんなに語ったJoeの言葉は、そんな柔な気分を一気に吹き飛ばしてくれた。

「Into the thin air (邦題:「空へ」)の話を知っているかい?史上最悪のエベレスト登頂後の大人数遭難死亡事故。あのとき、 頂上に立った時点での写真が残っているのだけれど、今みると、背後に、明らかによくない雲がちゃんと映っていて、何でこんな気象条件なのに無理して登ったんだろう、という議論があるんだ。

僕たちは、diggingと糞をみた。しかも真新しい。このサインを見逃してはだめだ。自然に対して謙虚さを忘れ、奢った瞬間に、しっぺ返しはくるもんだ」



私たちは、1時間下流のキャンプ場に移動した。
夜7時半、ようやく、この日の、diggingも糞も、何のbear signも見あたらない、ゆっくり眠れそうな寝床を見つけたのだった。


背中で語る /Yukon2008


ユーコン川の流れのような、ゆったりといつも穏やかなJoeは、気づけばここ、ユーコンに辿り着き、気づけばもう18年も川のガイドをしているという人物で、今回の旅の、私のなかでのメインの一つは、彼との再会だった。

2005年に「右手治してもう一回、今度は秋に戻ってくるので一緒にまた旅してね」と、船の上でかわした約束がようやく果たされることになった今年、少しだけ自分の技術も知識も深めた今年、彼のガイドで旅できることに、半年前から静かに喜んでいた。



パドリングやトレッキングの技術とか
ウィルダネスでのキャンプ技術とか
インタープリテーションに必要な動植物地質地理歴史への知識とか
野外料理の腕とか
焚き火の横で奏でるギターの調べとか、

そんなものが「ガイド」には必要だというならば、身につけている人は探せばいくらでもいるだろうけれど、(いや、Joeはそのどれも文句なしにすごいのだけれど)


彼のように、存在自体が北の大地のような、何も言わずとも、態度で背中でユーコンを体現してしまうような人は少なく、でもそれは、上に挙げたどんな技術よりも大切なポイントだよな、と思うのだ。

以前つくったアラスカ・オーロラの企画、狩人キース爺さんや犬ぞりパット母さんもそうなのだが、北の大地は、「人」が十分に濃いので、この地に根付いている人たちと、どれだけ旅の時間を共有できるかによって、旅の印象は大きく変わる。ぜったいに。


というわけで、今年のユーコンは、Joeの背中を通して、より一層、深い旅となったのだった。

大地の詩 /Yukon2008


「ジュノーの海をカヤックで漕いでキャンプした夜、すぐ近くで鯨たちがブォーっと会話をしていて、その声を聞いたら、何故か涙が頬を伝ったんだよ、理由もなく」

「裸になって川で体を洗っていたら、シカが二頭やってきて、角をカチカチならして喧嘩した。負けた方が、僕のそばにきて、「君は僕の敵?味方?」って聞くんだ。敵じゃないよ、と伝えたら、二頭とも、安心して近くにやってきて、楽しそうに水浴びを始めたんだ。」




北のホステルに集まる旅人は、不思議な魅力を持った人が多いけれど、彼もそのひとりだった。クイーンシャーロットから北上を続け、星野道夫のトーテムポール儀式に偶然出席し、ジュノーで鯨と出会い、そしてチルクートトレイルを歩いてきた、彼とは、ホワイトホースの、とても清潔でとてもよいエネルギーの流れているホステルのキッチンで、出会った。



この夏、同じ時期にクイーンシャーロットにいたんだねぇ、と、トーテムポールの話をしたホワイトホースの宿の朝、

Joeのギターに乗せて聴かせてくれた、やわらかな歌声響いた焚き火の夜、

動物とはちゃんと心静かに向き合えば会話できるはず、という意見で一致したユーコン川岸の夕暮れ、



辿る道筋が互いに何度か交差し、街で、川で、少しずつ話をする度に、彼の持っている世界に惹き込まれていった私だが、それというのも、

彼の、世俗離れした雰囲気と、無邪気に、どこまでも穏やかに心の真ん中に直球で入ってくるこの感じは、人間というより、野生の動物に出会ったときのような錯覚をおこさせ、森の動物と会話しているかのような、妙な気分になるためなのだった。


彼、「大地」くんの、これまで歩んできた人生と、夏から続けている北の旅と、ギターの旋律の一部かのような歌声と、旅の途中にクレヨンで描いてきたという絵と、そのどれを見ても聞いても、ああ、本当に深く深く、名前の通り大地と繋がっている人っているんだ・・・、と気づかされ、世俗の匂いぷんぷんしている私何ぞは、ひっくりかえっても彼に敵うわけはなく、

少し悔しく
すごく羨ましく、

でも、森のグリズリーに出会えたときと同じような幸福感を味あわせてもらえたことに感謝しつつ、最後にもらった小さな絵を机の片隅に飾りながら、大地くんの、今も続いているであろう旅の無事を祈るのだ。

2008-09-22

独りより・・・ /Yukon2008


「独りより みんなで感じる 静けさや」 



今年ののユーコン川下りは、お客さん11人、私、ガイド2人、総勢14名7艘の大チーム。

地球探検隊のお客さんは、基本的に一人旅も厭わない自立した人たちで、それでもあえて今回は楽しくチームで旅したい、という、依存心のない素敵なオトナたちの集まりなので、ツアーとはいえ、いい意味でツアーらしさのない、よい雰囲気だ。

それでも、楽しくわいわいやっていると、どうしても気持ちは自然よりも仲間とのやりとりに向いてしまう。つまりは、楽しい反面、原野ならではの「孤独な静けさ」という醍醐味が半減してしまう、という矛盾点もあるよなあ・・・

と、まあ、ツアー売る人間が、こんなこと言ってはどうかと思うのだが、この場所を知るにつれ、そんな相反した気持ちがチラチラ浮かんでくるのも事実だった。

でも、今回、気持ちを新たにしました。
心の許せる集団での旅は、悪くない。





それに気づかせてくれたのは、一人旅の青年。

一人で川下りをしていた彼と、私たちの行程が、途中かぶり、何度かキャンプ地を共にした。近すぎず遠すぎず、見事なまでに適度な距離感を保ちながら、ゆっくりと近づいてきてくれた彼は、私たちの夕食の時間、少し離れた川岸で、私たちのざわざわとした会話を背中に聞きながら、ビールを飲んでいた。

その後、焚き火の輪に加わったとき、ぽつりともらした感想が、「独りより みんなで感じる 静けさや」 だった。まったく一人きりの夜は、常に何かに緊張していて、心から寛いでいない。皆さんと一緒にいる賑やかな今晩の方が、隣に誰かがいる安心感があって、思い切り静けさを楽しめるんですよ、と。



静けさを楽しみたい、と意識すれば、集団旅行でもその時間をとることは可能だし、逆に集団でいるからこそ、なことも、ある。

俯瞰 /Yukon2008






「川を漕ぐときは、必ずどこかで丘の上に上がって、今まで漕いできた流れ、これから漕ぎ行く流れを見渡すようにしている。」



と、友人がいつだか話していたが、その言葉に従って、現地ガイドに「丘に行きたい丘に行きたい」とリクエスト。ユーコン川をこぎ続けること18年、大ベテランのJoeが連れて行ってくれたたこの崖は、川地図には載っていない、ヒミツヒミツな場所だった。



急斜面を上り詰めること15分、360度ぐるりと見渡す大地は、久々に現れた太陽の光の下でどこもかしこも輝いていて、


道路も線路も建物も電線も橋も護岸壁も、つまりは人間が作り上げた人工物はホントに何も存在していない原野のまっただなかに、自分たちだけがポツンと存在してるのだ、と思い知らせてくれる、


何だか気の遠くなるようなこのユーコンの大きさと翻って自分の小っぽけさを実感させてくれる、


そして視覚も聴覚も触覚も嗅覚も、体の細胞という細胞すべての感覚を自由に開放せてくれるような、


まあ、一言でまとめるならば、ふぅーーーーーーーっ、とため息ついてしまう、場所なのだった。

2008-09-17

夜11時 /Yukon2008

キャンプ最終日。月齢11。(満月まであと4日。)

日が沈んでしばらくたって、ようやく地平線から顔を出した月光が、ユーコン川に一筋の線を描き出す。


冷え込んできたし、そろそろ温かな寝袋にくるまれたいのに、もうすぐ終わってしまう原野の静かな時間が愛おしく、テントに入るタイミングが、なかなか掴めない。

今年はなかなか現れてくれない、気まぐれなオーロラを諦めつつ、でもまだ少しだけ期待しつつ、焚き火で暖をとりながら、静かに、静かに、夜はしんしんと更けてゆく。

寒いし面倒くさいから、と、忘れたふりをしていたけれど、そろそろガマンの限界を超えた私は、しぶしぶトイレに立ち上がって、焚き火の前を離れた。


用を済ませて
遠くから焚き火の輪を眺めてみれば

月の青白く柔らかな光、
小さな焚き火の橙色に照らされた仲間の顔、

アコースティックギターが奏でる「500マイル」の旋律と
急遽ドラムの役目を仰せつかったクーラーボックスが鳴らすリズムは
耳ではなく直接腹に響いてきて

即興のコンサートに、岸辺のアスペンの木々が
さわさわ ざわざわと拍手を送る。


ああ、こうやって言葉に紡ごうとしても
あの、本当にシンプルでそして深い時間は
書けば書くほど指の間から逃げていくような
もどかしく
説明の難しい瞬間なのだけれど、

原野のなかで5日間過ごしてきて少し鋭くなった感性は
じわじわと涙腺に働きかけてきて

ああ、こんな少しのものだけで
人間はここまで温かく豊かな気持ちになれるのだなあ、と
幸福感で体全部が幸せに満たされてしまい


密かに、私のなかでの旅のハイライトとなったのだった。



おおぅ、ギター始めたい。

北の大地を喰らう /Yukon2008


ルビー色に光るこの丸い粒は、イクラ。
じゃなくて、クランベリー。



秋、大地は、動物だけじゃなく
人間にも恵みを分け与えてくれるよ。


・味噌汁に入れた「野生ネギ」
・釣果8匹の「グレーリング」。朝の焼き魚定食
・「クランベリー」 パンケーキ・ブレックファースト
・ダッチオーブンで豪快に焼いた「クランベリー」 ケーキ
・先住民がよく飲んでいたというハーブティ、「ラブラドール」茶


今回の旅の中で調達し、そして食した、北の大地の恵みたち。
記憶は、脳裏だけでなく、舌の先にも、確かに残されている。

泥に沈む長靴 /Yukon2008



知る人ぞ知る事実。

探検隊のユーコンカヌーのツアーは、どうも呪われていて、

毎年、
出発前に手を骨折する人(=私)がいたり
カヌーが夜中に流されたり
日本からの飛行機が飛ばなかったり
荷物が到着しなかったり

と、何かしらトラブルが発生する。私をはじめスタッフは、今年も何が起ころうと沈着に対応すべし、と心しているのだが、今年の「ありえない」大賞は、この珍事に決定。

「パイクを釣ろうとして底なし沼にはまる。」

午後7時 /Yukon2008


1日最大60キロ。

いや、ドライブ技術がない初心者の私たちは、右に左に、うねうねと蛇行するから、60キロの3割り増しの距離を

漕いで漕いで漕いで
漕いで漕いで休んでまた漕いで

ようやくその日のキャンプ場へ

荷下ろしをし
カヌーを岸に上げひっくり返し

背中で仲間の笑い声を聞きながら
疲れた体をビールで冷やしつつ

ユーコン川の 時速5マイルのゆったりとした流れに
身も心もゆるゆると
解いてゆく

夕食までのこの時間の
何とも平和に満たされた一時よ

理由 /Yukon2008


9月が好きな理由は、カヌーから見る岸辺の色にある。

紅葉は、寒さじゃなくて、日照時間が関係あるんだ、と、Joeは言う。
そうなの?