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2011-08-26

10月、会津紅葉を愛でながら100キロの旅路へ

photo by 民宿田吾"作


このイベントを見つけたきっかけは、(1年に1回は参加したい、今年の)長距離走るイベントを探していた春のことでした。

探していた秋の季節だし、尾瀬は紅葉きれいだし、東北の復興応援にもつながりそうだし、地元に密着して温かなイベントのようだし、エイドの給食が美味しそうな予感もして、お、これは楽しそう、と、パンフレットを取り寄せたところ、大会本部の女性(=民宿 田吾"作おかみ)は、知人の知人だった・・・(世の中狭い)、ということですぐに仲良くなり、その後も何度かメールのやりとりをしています。だから、部外者である私も、このイベントの申し込み人数を、何故か把握しているのですが・・・。


まだ満席になってない。


ブームだか何だか、
軒並み1日で満席となっていくトレイルラン/マラソン大会を横目に、

深窓の令嬢のように奥ゆかしく控えめなこのイベント(いかにも東北っぽい)、もう、半年くらい前からオープンしているのに、まだ245人の申し込みで、まだ定員に達していないのです。震災の影響かどうか、昨年よりも100名以上少ない数字で、でも、開催者たちは、「こんなときだからこそ、中止しないで開催するのだ!」とおっしゃっています。
(申し込み締切は9/2の予定だったけれど、ちょっとだけ延長されるみたい。)

だから、わたしも、微力ながら、ここで告知ご協力させていただきます。10月の中旬、紅葉の会津を一緒に(走って歩いて)16時間の旅をしませんか?


『伊南川100kmウルトラ遠足』
http://tagosaku-ina.com/event3/index.html



*


話はこれだけでは終わりません。
やっぱり春のことでした。一人で走るのもなんだしな、と、普段は、アスリートや冒険家を応援している都会派美女軍団POEのメンバーに声をかけたところ、

「これまでウルトラは応援するものだと思っていました。しかしそんなに景色が素晴らしく、美味しいものも沢山あって、そして何より参加することに意味がありそうな「マラソン&ピクニック」ならば。。と、チャレンジすることにしました。」

と(初100kmチャレンジとなる)じゅんこさんから二つ返事で参加表明をもらい、また、普段は応援されている側の、24時間走世界チャンピオン井上さんが、今回はPOEのコーチとして、応援側に回ってくれるとのこと。おおぅ、強力な助っ人!

私は参加できませんが、9月の半ばに、POEは事前合宿も計画しています。大会当日は、田吾"作に一緒に泊まって、心細さも解消することも可能です。

というわけで、こちらも併せてご紹介しておきます。(10月は私も田吾"作に泊まります)。

↓


究極ランナー・アスリート・冒険家たちのDo Good!を応援!
piece_of_earth の
伊南川100キロチャレンジ物語
http://poesjnm.exblog.jp/15852677/

2011-07-05

トロフィーはカウベル2011(St.Anton trail run)






2位とは40秒、4位とは53秒差の大接戦

給水:5キロ毎に、水、アップルサイダー、レモネード、ウエハース、バナナ・・・
ゴール後の給食:ビール、アップルサイダー、レモネード、ウエハース、ケーキ、シリアルバー、メロン、スイカ、リンゴ、ナシ、バナナ、プラム、ぶどう・・・



ST.ANTON
MONTAFON ARLBERG トレイルマラソン大会


PANORAMALAUF 20Kの部
参加費:25ユーロ(約3000円)
参加賞:水筒、300gの巨大板チョコ、寒さよけ使い捨てポンチョ、ブドウ糖、プール1日利用券
完走賞:メダル、Tシャツ
入賞:男女優勝者には150ユーロ賞金、年代別3位までは大きなカウベル(トロフィー)


*

去年よりカウベルが小さいじゃないか、とか、よく見たら女子の参加者15人しかいないじゃないか、とか、お前の体型はドラえもんだ、とか、ドタドタ走りだな、とか、そういうコメントは不要です。悪しからず。



2011-03-25

走りつづける

Jun.2009, Shinetsu Trail, Nagano


長野マラソンが中止になった。
桃の里マラソンも中止になった。
UTMFも中止になった。
野辺山ウルトラも中止になった。
(わからない人は気にせずに。この春の大きな「走る」大会が、軒並み中止になっている、ということの一例としての呟きです。)

でも、私をふくめ、走らなくちゃいられない人は、いるはず。
何となく、後ろめたさや収まりの悪さを感じながら走るのも気が引ける。という思いもありつつ、でも、自分が心身ともに健康でいることは、大切なことだ。

長期戦になりそうな今回の事態は、疲れないように、背伸びせず、無理せずに、でも、自分にできることがあるならば、細く長くやっていこう。

以下のふたつの活動に賛同します。

*



RUN×10(ラン・バイ・テン)運動
詳細:http://tweetvite.com/event/runx10


【タイトル】 RUN×10(ラン・バイ・テン)運動 / RUN × 10 PROJECT
【対 象】 走る人すべて
【主 旨】 ランナーだから…走ることで誰かのためにできること
【支援方法】 その日走った距離×10円を貯金 ⇒ まとまったら募金・寄付(例:10km×10円=100円×10日=1000円、1ヶ月(30日)で3000円募金できます)
【募金・寄付先】 各自の自由(信頼できる団体を選びましょう。募金を利用した詐欺も起こっています)
※金額を×100円などに設定しても構いません



*



「過酷なアドベンチャーマラソンから学ぶ防災リスクマネジメント」
詳細: http://motto77777.blog51.fc2.com/blog-entry-1177.html


3月26日(土)午前10:00~11:30まで
ランニングプロジェクトALIVE主催
集合:渋谷区明治神宮外苑の聖徳絵画記念館前


このイベントへご参加いただく際にはイベント開催地となる渋谷区神宮外苑・聖徳絵画記念館前までの交通手段に必ず徒歩・ランニング・自転車のいずれかの手段でいらしてください。


そしてみなさんが公共の交通機関を使わずにご自身の脚で会場へいらしたことで本来かかるはずの交通費から浮いた分のお金をイベント参加費としてお支払いただき震災支援のための義援金にあてさせていただきたいのです。



2010-12-22

アラスカンガールの熊対策(地球の歩き方アラスカ裏ver.)

Crow Pass Trail, Alaska

このたび、ご縁あり(というか、しろくまmasaさんに声をかけていただいただけなんだけど)、某有名ガイドブックのアラスカ2011-2012年度版に、1ページのバックパッキング体験談を掲載させていただきました。(本屋に並んでいる書籍の中に自分の名前を見つけるのは、思ったよりも嬉しいことに気付いた。)

チュガッチ州立公園のクロウパストレイル。
アンカレッジ郊外〜ガードウッドまでの26マイル(42キロ)の峠越え。昔、犬ぞり時代に使われていた古道。



8月の終わりの雨の朝、ひとり荷物をえっこらしょと担いで、アンカレッジからアラスカ鉄道に乗り一路ガードウッドへ。金鉱の持ち主だという豪快なおっかさんが運転するボロボロ車のヒッチハイクに無事成功し(車が停まらなければ、駅から登山道までプラス10マイルの道のりが待っていたので、これはとてもラッキー)、ガードウッドのトレイルヘッドから、この古道42キロを1泊2日で歩く。

途中、薮っぽい場所もあったが、基本的に道はついているので、たいしたことはない。

峠では氷河がドーンと目の前に楽しめ、金鉱跡があり、ブルーベリーやサーモンベリーがたわわになっていて、ツンドラがあり、森があり、人は全然いなく、グリズリーの糞はそこら中にあるという、アラスカな気分を一度に手軽に味わえる、ご機嫌なルートだ。(問題は、私の訪問時は、天気と視界が悪かったことか。写真があまりないのはそのせい。)

一カ所だけ気がかりなことがあるとすれば、ルートのちょうど真ん中にある、イーグルリバーの徒渉・・・、氷河の末端から3キロくらいしか離れていない氷河の川(=水温推定2度)、アラスカなので、もちろん橋など架けられていないから、腿の深さまでどっぷりつかり、数十メートルを渡らないといけない箇所。さらに、私が渡ろうとしているのは夕方(=氷河が溶けるので一番水量が上がる時間帯)で、その日は1日雨が降っている、という条件は、あまり好ましいものではなかった。

どうしよっかなー、明日の朝にしようかなー、だいじょうぶかなー、低体温症の対処はどうするんだっけ・・・と、どきどきしながら歩いていると、川の手前2キロのあたりで、道に迷って引き返して来たというアンカレッジ在住のアラスカンっ娘2人組に再会した。

この3時間前、峠で挨拶して、15分ほど先行していた彼女たち。大学職員のレイチェルと、テレビ局に勤めるケイティは、今年流行色のノースフェイスのレインギアを着ていたり、と、とてもおしゃれな(私とおなじ)都会っ子のように見え、と思いきや、腰には、グリズリー対策に、と、銃を携えている。(「ベアスプレーなんかじゃ無理よ〜」、って銃を持って歩くのは、アラスカ人の常識なの?)


季節終わりの平日、この日唯一出会ったトレッカー。流れの速い川は、一人で歩くより、複数で鎖になって歩くほうが安全度はぐんとあがる。「アラスカの神様、ありがとう〜」と心の中でお礼を言って、徒渉までの同行を頼んだ。「もっちろんよー。わたしたちも、オンナ二人で勇気あると思ったのに、あなたは一人なのー!?やるわねー」と、オンナ3人集まれば姦しい、グリズリーも除けて行くだろう大声で楽しく会話しながら、川へと向かい、ギャーギャー言いながら、無事川を渡り終えたのだった。






おまけ。
キャンプ場(ファイアーリングがあるだけだけど)に到着するまえに、川越えもう一回。倒木とロープが橋代わり。




Historic Iditarod (Crow Pass) Trail
Access: Eagle River Nature Center, or from Girdwood take Crow Creek Road to road end and Crow Creek Trailhead.
Travel Means: Foot only.
Distance: 26 miles or 50 kilometers one way.
Elevation Gain: 2500 feet or 762 meters to pass from Crow Creek Trailhead, 3500 feet or 1067 meters to pass from Eagle River Trailhead.

地図
詳細
お勧め度★★★★★



ps
このルート、毎年7月下旬にトレランのレースがあるらしい。優勝者は3時間台だとか。あの峠を超して、あの冷たい川を徒渉して!!いいなー!


July 24, Saturday - Crow Pass Crossing - Chugach Mountains
24 miles – Crow Pass Trail, Girdwood to Eagle River Nature Center
Race time 7 am  
Entry fee: $60 – Limited to 130 entrants
Rough cross-country & mountain trail
Registration forms will be available on-line May 2011 at www.goseawolves.com 

*


2010-09-29

宴は夜中1時6分に終わった(信越五岳トレイルレース)


おっ、と、前回の日記から、随分と日があいてしまいました。
110キロの山レース、19時間36分で、無事ゴール踏みました。

*

出発前の後悔と憂鬱の塊は、何と私の歯茎に進出してきた。(体と心は深ーくつながってる)。出発前日から奥歯が痛くなる。「リスがクルミをいれたらこの姿」というほどに左頬をはらして、歯は痛いまま、しかも歯の痛さで眠れぬまま、朝5時半に出発。

だが、人は、2度目のことはそれほど緊張しない。昨年の経験が、「だいたいこんな感じ」と、気持ちに余裕を与えてくれる。どのくらいツライか、どのくらいでゴールできるか、何となく分かってしまう。

昨年は、「私ってば100キロも山走れるの?」という完走が目標だったが、今の自分の体力では、ゴールはできるだろうことは予想ついていた。ゴールした瞬間、そりゃ19時間の気力体力ギリギリの頑張りを思えば嬉しかったけれど、正直、昨年ほどの感慨深さはなかったのだ。

(・・・110キロとか、19時間動き続ける、って、冷静に考えたら、たいしたものだと思うのだけれど、人間って、こうやって耐性がついていくものなのだな。(そして「より長く」「より早く」と、更なる負荷をかけたくなるのだろう。250キロの変態レースとかが存在する理由は、きっとそこだ。うんうん。))

ここに残しておきたい感想はふたつ。

1、この充実感の少なさは、スタートにつくまでの真剣味のなさにつきる。この夏、このトレイルをしっかりと走りきるための練習なんて、ひとつもしてこなかった。

充実感というのは、準備期間の間、時間と労力と気持ちを、誠実に費やしている場合のみにやってくる。


2、体力の限界の前に気力が折れた。折れた心を支えてくれるのは、周囲。
今回のルート、最後の7キロは、微妙な上り坂の砂利道林道。意地悪なルートだった。もう18時間動いてきたし、103キロも来たし、ひー、ムリムリ、もうこれ以上走れない、時間内にゴールできるし、歩いていい?と萎えるヤワな気持ちを正してくれたのは、ペーサー(伴走者)の存在。

「行けるよね?」
「いいよ、前だけ見て、ついてきて」
「ナイスペース!」

ずっと声をかけてくれながら、全ての荷物を持って先導して走ってくれた友人の存在があったから、最後の7キロちゃんと走れたんだな。(Uさんありがとうー)

一人きりじゃできないことも、
誰かが横で見ていてくれたら、それだけでやる気がでるってこと、少なくない。
何事も。

*

結論
喉元過ぎれば熱さを忘れる。

森の中19時間も走れて、楽しい時間だった!
来年・・・も?

2010-09-17

朝5時半から走り出し夜中3時まで宴は続く(信越五岳トレイルレース)

Shinetsu Five Mountain Trail 110km
9/19(日)朝5時半スタート
9/20(月)夜中3時半までにゴール
総距離110キロ、最大標高差1230m、累積標高差4670m

なんて突飛なお祭り(ウルトラトレイルランニングレース(*))に、昨年あれほど泣かされたのに、全然懲りずにまた申し込みをし、(しかも、参加費と前後泊宿泊費と東京から長野までの宿泊費と新しいシューズ代を足したら、冷静に考えれば、iPadが買えるほどの投資をして、)明日の出発に向けて準備している今の私の正直な気分といえば

後悔後悔後悔後悔後悔
憂鬱憂鬱憂鬱憂鬱憂鬱
(ちょびっと楽しみ)

だ。

月が満月に近いのが救いか。
66.6キロの第二関門から先は、奇特なペーサー(**)が同行してくれるのも、かなり救いか。


*ウルトラトレイルランニングレース
「ウルトラというのは飲み食いコンテストに、少々の運動と景色を添えたものよ」

**ペーサー(伴走者)
「頑強なペーサーは結果的にあなたのレースを救い、勘のいいペーサーはあなたの命を救う。・・・ペーサー役は大変なだけで報われないため、普通は家族かお人好し、大の親友でもなければ誘いに乗らない。その仕事は、どことも知れない場所で何時間もふるえながら待ち、ランナーが現れたら、日暮れとともに出発して夜通し風の吹きすさぶ山中を走ることなのだ。」


2010-07-04

トロフィーはカウベル(St.Anton trail run)






海外トレイルラン、オーストリアでデビュー。
20Kの部、女子2位で大きなトロフィーならぬカウベルもらってきた。

(女子出場者が8人しかいなかったことは秘密)

(途中2キロくらい道を間違えて余計に走って、
元の道に戻るのに牛の肥だめの中を疾走したことも秘密)

今回の大会、メインは42キロの部、参加者約200人。今年から始まった20キロの部、参加者男女合わせて28人。日本では考えられないのんびりさ。スタート後1キロ、町の中の先導はセグウェイに乗った女の子。

ゴール後のエイドステーションは、オーストリアのスポーツ飲料RedBull、水、コーラに加えてビールあり。Mannerのウエハース。メロン、りんご、スイカ、アプリコット、バナナなど果物たくさん。

来年は2011年7月2日開催。興味のある方はご連絡を。手配お手伝いできますよー。

2010-05-20

人は線を引いた場所まで行ける、またはそこまでしか行けない(野辺山ウルトラ71K入賞記)


きっかけは、本番1週間前、ナミちゃんとの電車内での会話だった。  

な「野辺山ウルトラマラソン出るんだって?」 
私「うん、(100キロの本命レースじゃなく)71キロの短い方ね。71はゴールが温泉だからさ」
な「去年私出て、8時間20分で走って7位だったんだよね〜。6位までが表彰されるからさ、betty狙えるんじゃない?」  

は!?  
入賞? 

この瞬間まで、ここ2年半ほど楽しんでいる「走る」レースにおいて、自分が表彰台に上がるなんて考えたこともなかった。ちょっと前までは、「無事走りきれるのだろうか」って、「完走」が目標だったほどのダメダメなんちゃってランナーだ。

ただ、2年も走っていると、さすがに、徐々にではあれど、走る体力も筋力もついてきている。

3月のロゲイニングでうっかり優勝して手にした賞状は、小学生だか中学生以来、ひさびさに手にする「賞状」で、たいそう気持ちが良かった記憶の残骸が、私のやる気を後押しし・・・、魔が差したのかもしれない。

入賞、の二文字が頭をよぎりはじめた。

*

1年前に参加した萩往還70キロは、弁当休憩30分を入れた上で9時間13分。 
3月のフルマラソン42キロは、3時間49分。 

今回は71キロ。標高差1000m以上ある坂道だけのコース。

できるかな? 
うーん、1キロ7分って、そんなに早いペースじゃない・・・よね?  

10時間の制限時間内完走は、よっぽど体調がおかしくならない限り、今の私には無理じゃない。坂道71キロ走るのは、カンタンとは言わないが、決して自分の「限界」への挑戦じゃない。

1キロ7分ペースX71キロ=8時間17分、 
うまく行けば賞状のご褒美がついてくる。  

よし、これを今回の目標に設定してみよう。  

その日私は家に帰ると、PCを開き、エクセルでチマチマと途中チェックポイントや10キロ地点ごとの経過予想タイムを計算し、一覧表に仕立て上げる。小さくプリントアウトして、当日、ポケットにそっと忍ばせる。 こうして、密かな目標値を抱え、野辺山71キロの走る旅は始まったのだった。  

*  

標高1000M前後の高原は、一番好きな気候帯だ。



瑞々しい森の空気を肺に取り込む気持ちよさ、残雪の八ヶ岳、南アルプス、富士山、芽吹いたばかりの唐松のやわらかな緑の葉、白樺林、たんぽぽ畑、エイドでいただくお汁粉、そば、おにぎり、いちご、オレンジ、ぶどう、一緒のペースで走る人との会話、1日中何も考えず邪魔されず走れることのヨロコビ、


・・・いろんな要素で幸福感に包まれ、途中までは、本当に楽しく、ニコニコとご機嫌で走っていた。


が、59キロのチェックポイントで、とうとう悪魔の壁がやってきた。 

昼11時半。朝5時にスタートして、もう6時間以上が過ぎている。 随分と真上に上がってきた5月の太陽がアスファルトに照りつける暑さと、7時間近く動かし続けてきた手足胴体のストライキ突入モードのせいで、走るヨロコビは、一気に走る苦しみへと転落する。  

63キロ以降、容赦ない上り坂が続く。道路端の標識には、斜度10%と出ていて、さらに私をげんなりさせる。  

あーん、歩きたい、歩きたい、歩きた〜い!  

何だかこうやって書いてみても、あの時間あの場所にあれだけ走っていた人じゃないと、「もう走るのやめて歩きたい」誘惑の力強さは理解できないんだろう、と思うけれど、今の私の持つ実力からすれば、「歩く」方に脳内99%が賛成するほどの辛さだった。イヤガラセのような登り坂が、えんえんえんえん、どこまでも続く。どこまでも、終わることなく。  

それでも、最後まで走るのを止めなかったのは、「歩こう」モード99%の賛成票をかろうじて押しとどめた残った1%の意地は、最初に自分に課した目標タイムがあったからに他ならない。ゴール時間を設定していたから、設定した自分に対して意地になった。  

結局、スタートから8時間10分38秒後にゴールした私は、予定どおり6位に滑り込み、今年2回目の賞状を手にした。賞状が嬉しいのではない。設定目標をクリアするために走り抜いた、最後8キロの自分の気合いと底力に乾杯!なのだった。


でも、と、その一方で、ふと、思うのだ。 
5位との差はたったの1分半。 もし目標を「8時間以内」と設定していたら、あと10分早くゴールできたのかな。 

私は、設定した壁は乗り越えられたけれど、その壁は、もう少し高くても、もしかしたら乗り越えられたのかな?(あの登坂の辛さが喉元すぎた今、また、楽観的なこと言っているだけかもしれない・・・けど) 

人は、線を引いた場所まではちゃんと歩いて行けるし、 逆に言えば、線を引いた場所までしか、歩けないんじゃないだろうか?  

*  

100キロ走るウルトラマラソンの世界は、何だかとても奥が深い。  

参加者それぞれが、自分の限界に挑戦しているのだ。私がゴールした71キロの後には、さらにきつい峠道が待っていて、本当にイヤラシイ道のりがまだまだ続くらしい。その未知の29キロを想像しながら、100キロのゴール地点に立ち、完走者に拍手と声援をおくる。電車の中で私に「入賞」をささやいたナミちゃんは、今年は100キロを走り抜き、私の目の前で涙を浮かべてゴールした。  

速く走れるのはもちろんすごいが、それだけじゃない。制限時間30分前くらいになって、次々とヨレヨレとなった体で駆け込んでくる、ヨロコビに満ちた人々の姿は、数メートル先に立つ私の胸を思い切り打つ。  

ああ、人間、いくつになってもチャレンジなのだな〜。

人が自分の限界に挑戦する姿、それを達成した瞬間は、有無を言わさぬ力強さと美しさがある。ものすごい充実感に包まれる。自分も、周囲にいる人たちさえも。 その力強い充実感を、手っ取り早く体験できるのが、超長距離マラソンにはまる理由のひとつなのかも。この手の達成感は麻薬のようで、リピートしたくなるものだ。より強い刺激、より強い達成感を求めて。

*
フルマラソンとは全然違う競技の超長距離レース、M気の強い人にはたまらなくお勧めです。最近、チャレンジ足りていない方、よければ、この苦しく楽しい世界をのぞいてみては?

2009-12-02

おとなの宝探しは自由と責任を前提に(ロゲイニング)


▲Juni提供。わたしは宝探しに夢中で、この日は写真どころじゃなかった。

このたび、夢中になりそうな、新しい遊びをみつけました。

1.森を走るのが好きだ
2.山を登るのも好きだ
3.道路を走るのはキライじゃない
4.知らない道を歩くのが好きだ
5.負けず嫌いだ
6.パンクチュアル、ということばが好き
7.チームで動くのは嫌じゃない
8.こどもの頃、わざと知らない小道に入って迷子になってみた
9.こどもの頃、宝の地図を書いて(眺めて)わくわくしていた

という人(=それは私、)にぴったりのこの遊びは、「ロゲイン」という、不思議な名前がついている競技。

詳細は協会の案内ページに譲るとして、要約すれば、時間内(今回は5時間)に、宝の地図とコンパスを両手に、目の前に広がる景色と睨めっこしながら、山の上や谷の中に広く隠されている宝の山(チェックポイント)を、なるべく沢山探しておいで、というレース。

チーム制なので一人では参加できないし・・・と、ロゲインの名前を知り、興味をもってから半年、先日、機会あって、ようやくレースに参加することができ、富士山の麓を走り回ってきた。まだ興奮さめやらぬ今日は、「初」体験の感想を。

*

与えられる地図は、レース開始の10分前。そのわずかな時間で、宝物のザクザク度(=ポイント数)を計算しながら、ついでに、上り下りのルートの厳しさも見極めながら、その日のルートを効率的に考える。ここで求められるのは、冷静な情報処理能力。無闇に走っても、いいポイント数は稼げない。

実際にレースが始まると、宝の地図との睨めっこが続く。
地図読みは・・・、アラスカで鍛えられたとはいえ、あの広大で、ある意味、とても分かりやすい地形のなかを歩くのと、里山で、生活道の入り組んだ場所とは、どうも勝手が違っている。1/30000(1センチが300m、の縮尺)地図と睨めっこしながら、1日中、「はい、次3mm・・・、ええっと、90m進んで左ね」「あ、この牧草地、3本だけ杉が生えてるね・・・おお、地図にも、ちゃんと針葉樹林マークが・・・」と、本当に地図を「読み込む」という体験はとても新鮮。

1日そんなことをしていたら、すっかりと、地図の1センチはタラタラ走ると2分、という感覚が、頭でなくからだで理解できるのが嬉しい。1枚の地図が持つ情報量の多さに圧倒され、地図好きの心をくすぐられる。

さらに、これは、一人ではなく、2~5人のチーム競技というのも絶妙なスパイス。今回、急遽チームを組んだわたしたち4人組は、元登山部がいて、トライアスリートの体力勝負の若者がいて、ムードメーカーのいつも微笑みを絶やさない女性がいて、ただ鼻息荒い(けど体力が追いつかずにバタバタ走る)私。それぞれのよいところを上手に引き出し、弱いところをカバーしあいながら進む時間は、ソロで走っていては味わえない楽しさ。

初めてだし、トップを狙うわけではないため、常に全速力で走り続けるわけではない。ジョギングしながらおしゃべりを楽しみ、目の前に広がる真っ白い富士山を堪能し、どこまでも広がる牧場の真ん中を走りながら大きく深呼吸しては、牛の香水を全身の細胞にくまなく巡らせる。普段なら見過ごす滝を眺め、お楽しみポイントで待ち受ける豚汁は、つい、2杯目をおかわりして優雅なランチタイムにしてしまった。


参加目的の自由さも新鮮。本気のレースモードで走り回るのもあり、親子・カップル参加でピクニック気分もあり、普段のジョギングや山登りの目先変えたバージョン、という位置づけもあり。自由(時間をどう使うか)と責任(ルートがないので、地図見て自分で判断しないといけない)が伴うレースって、普通のマラソン大会では味わえない。

200組が参加していても、走り出す方向はバラバラで、周囲に惑わされることがなく、条件が許せば、道を行かずとも、直線近道ルートを選んで藪漕ぎも自由、というのは、人の後をついていくのがキライな私には、レースなのに、こんなに楽しくていいの!?と大興奮。時折すれ違う他チームとは、エールを送り合い、ときには、一緒になって宝探し。

今回の結果は・・・。
山のてっぺん好きなわたしが、「尾根を直登し、頂上のポイント高い宝物を探しに行こう」と主張、道なき道のルートで予想以上の時間をくってしまい、制限時間に43秒遅れてまさかの減点を喰らうが・・・、まあ、楽しく走れたので、ヨシ。満足な時間だった。


このブログをチェックしてくれている走り好きの皆様、これは、相当に楽しい遊びです。地図読みの練習兼ねて、ぜひ次はご一緒に!(ただし出るからには本気モードで宝探しします)

(海外バージョン出てみたいぞ。カナダの大会調べるか?)







2009-09-25

人は20時間走り続けると瞑想状態に突入する(信越五岳トレイルレース100K)




2009チャレンジシリーズ:「100キロ走る」

第一回 信越五岳トレイルランニングレース
移動距離  :100km(→東京から熱海の先くらいまで)
累積標高差 :4650m(→富士山五合目から頂上までを3回分ちょっと)
制限時間 :22時間(途中関門3カ所。朝5時半スタートの翌朝3時半まで)

山の趣味も走る趣味もない、至って冷静で常識的な家族友人一同からは、「100キロ?は?」「物好き」「ば~か」と言われるのが明白だったので、今回はあまり事前に周りに言いふらすこともなく、さらに、直前まで忙しかったので、サポーターもアシストもぺーサーもなしで、一人寂しく出かけることとなった、このレース。


結果

20時間3分(も)かけて、ゴールを踏みました。


石川弘樹氏はじめ、主催者の情熱がひしひしと伝わる場面の数々、宿の人、周囲の人、地元の人の暖かな応援、一緒に走ったトレラン仲間たちの存在の大きさ。たくさんたくさんフォーカスしたいことはあるけれど、さすがに20時間も走り続けることは初めてだった、その自分の心の動きに絞って、今回は書いていこうと思います。(かなり長文)

*


2年前の春、OXFAMトレイルウォーカーのイベントで100キロを歩き通し、さらにフルマラソンやら、70キロのマラニックやらに出て、次の目標を「100キロのトレイル」に定めたのは、私のなかでは、自然な流れだった。

人は「どうしてそんなM気の強いことをやるのだ」と言うけれど、

ちょっと前までの自分なら「絶対に考えもしない無理なこと」が、「もしかしたらできるかも」「お、できた」と、少しずつ自分の限界値をあげていく心地よさ。体験から生まれる絶対的な自信は、自分を強くさせていってくれる。何より、ひとつ高みに上がることで、今まで見えなかった、より遠くの地平線が見え、目の前に広がる景色は、より深みを持ってくる。


だから、今度は、100キロのゴール地点に広がっている地平線がみたかった。ロードを走る、いわゆる「ウルトラマラソン」でなく、トレイルを選んだのは、森の中にいるほうが圧倒的に心地いいから。多くの時間を費やすその舞台は、自然の中にいるほうが、いい。

と半年前にはそう思って申込みしたものの、夏は、私の最近の一番大きな柱である「極北」に時間を費やすシーズンだ。大きな仕事3本と、その間にふらふらと旅をしていて、気づいてみれば、8月も9月も、月に数回十数キロずつ、と、そりゃ笑えるほどに、全然走り込めていないのだった。

走れないままに大会2日前に帰国する、という圧倒的な準備不足に加え、さらに、直前、30キロの荷物背負って山を歩いていたら、左踵を痛め、歩くのにさえ違和感がある。テーピングで応急処置はしたものの、ああ、大丈夫なんだろうか、こんな状態で、100キロも走れるのか私、と、かなり弱気な状態で、スタート地点に立った。

準備不足な弱気な自分を励ましたのは、「どうやったって死ぬことはない」という開き直り、か。

極北の原野で、たとえ数日でもひとり夜を過ごしていると、自然の条件如何では、命かかっているよな、今、というピリピリした緊張感がずっと抜けないが、レースは違う。トレイルとはいえ、コースアウトの心配はほとんどないし、ちゃんと身体からのメッセージを受け取りつづければ、必ずゴールにはたどり着ける、という安心感。100キロ、たった22時間の集中力と持続力と、自分を信じ切る諦めない力、それらを私は持っている、という根拠のない精神的な自信が、「大丈夫」と、肉体的に不安な私をなだめる。



朝5時半、小雨ぱらつくなか、ようやく明けてきた空の下、ぷぉ~ん、というラッパの合図とともに、100キロの旅は始まった。


*


長いレースも山道も、いきなりゴールを考えてはいけない。遙か遠くにありすぎて、気分悪くなるから。考えるのは、次のエイド、次の休憩地点まで、がいい。というのが、最近わかってきた。十数キロ、2-3時間なら、集中力も保てる、自分なりのルール。

レース独特の興奮からか、足の痛みはそれほど感じず、それよりも、今回のルートはあまり山頂を踏むものではなく、峠や尾根をぬって走っている、そのなだらかで気持ちよいシングルトラックに、嬉しくて夢中になりながら、楽しい気分で走っていたのだ。

明けゆくピンク色の空と遠くの山の稜線、
さわさわと太陽の光を嬉しそうに受けて揺れるススキ野原、
あと2、3週間で紅葉進んで黄金色のトレイルになるね、というカラマツ林、
アラスカとは大違いの巨木に育った「ドイツトウヒ」の静かな森、
斜度が微妙についていて、重力が私の足の運びを助けてくれる長い長い緩やかな下り坂、
沢沿いの瑞々しい苔がついた岩岩の間といきなり現れる樹齢数百年の巨木、
一人きりで走っているときに(→参加者500人なので前後誰もいなくなることが多い)ばったり出くわした野生の猿、
アラスカの鮭がRED GOLDなら、日本の場合はYELLOW GOLDのこのライステラスだねぇ、と、ため息ついた稲刈り前の田んぼ、


本当は、長くて辛い、林道砂利道上り坂、もあったはずなのだけれど、数日経た今思い出すのは、決して飽きることのない、長野と新潟の里山の美しさ。快調に足は進み、第一関門、52キロ地点は、出発7時間20分後に着いていて、あれ、このままいけば、結構いい線で走り終えるかも?くらいの、調子に乗って自惚ぼれがでてきた、そう、その直後に。


足を木の根っこに躓かせ(今思えば、疲れてきて足が上がっていなかったに違いない)、右足小指をしたたかに打った。その痛さといえば、「リビングで足小指をイスにぶつけて飛び上がる」、誰もが知っている、あの、キーンという痛さ。見てはいないが、爪が割れたような、嫌な感触を靴の中で感じる。


困ったことに、下り坂で、靴と爪が当たる度に、その、「キーーーーーン!」な痛みが脳内を駆けめぐる。その度に、ひょぅぅぅ、と深呼吸をしながら、思うスピード出せず、それでも小走りに進んでいくと、今度は右足を庇って無理に力をかけ続けた左膝が、ああ、私もうダメです、限界です、もともと踵痛かったんですし、と悲鳴を上げてきた。

次の第二関門、66キロ地点へは、14キロ進むのになんと2時間40分もかけ、右足のキーンと左足の悲鳴を無理やり押さえ込みながら、午後3時半に到着した。

着替えも食糧補給も後回し、ファーストエイドのテントに飛び込む。手当してくれた医師に、「もし続けるなら、ここから先は、上りはまだいいけれど、下りは「絶対に!!」走ってはいけません。今後走れなくなりますよ。あと34キロ、歩いても8時間あれば到着します。ゴール地点まではまだ12時間近くあるから、制限時間は大丈夫。歩くと約束するなら、行きなさい」と強い調子で言われた。

言われるまでもなく、もう、足は、走れるような状態ではなかったので、約束は守らざるをえない。

あとは、「ひとり走るのをやめて、たくさんの人に抜かされながら歩くのは屈辱ではない?」「最後10キロ地点で待ち受ける飯綱山登山。標高差600Mの急坂を登って、しかも降りる!ルートは、この足でできる?」「34キロって、走るのはいい距離だけれど、歩くのは相当長く感じるよ?」と、0.3秒くらい逡巡したが

一度決めたらやり抜くのがオンナでしょうー、
よし、34キロ歩こう、夜中3時半まであと12時間歩いてみせよう、

と、決めたのだった。ここ、第二関門は、自分の荷物を袋一つ分預けておけるドロップ地点だったので、夜の服に着替え、靴下も履き替えて気分を入れ替え、天気予報を考えてウインドブレーカーを雨具に持ち直し、入れておいたグレープフルーツジュースを飲み、温かいスープを飲んで、午後4時10分、出発した。

そこから先は、これまで66キロ走ってきた全身の疲れと、徐々に夜に向かって暗くなっていく心細さのなか、気持ちはずんずん沈んでいく。今までのの半分しか出せないスピードへの敗北感と、絶え間なく抜かれ続ける悔しさと、相変わらず靴が当たる度に脳にキーーーンと響く痛さとで、ふぇふぇと泣きながら、なかなか辿り着かない15キロ先の次のエイド地点(81K)までを、それでも、一歩ずつ進めば必ず辿り着くのだから、と、歩き続けた。

さらにその先9キロは、本当なら「時間を稼ぐ」はずのフラットな区間で、より多くの人に追い抜かれていく。皆、熊よけの鈴携帯が義務づけられていたので、5分、10分おきに、遠く後ろから、リンリンリンという音が聞こえてきて、その音はまた私の前方の闇へ消えていく。

最初は、鈴の音を聞く度にイヤになっていたのだけれど、途中、戸隠奥社の、しんと静まりかえった真っ暗な参道を歩いているうちに、疲れも痛さも悔しさもこの後に待ち受けるルートも頭から離れていき、いつのまにか、不思議と静かな気持ちになって、穏やかな時間がやってきた。神社という場がもつ神聖な「力」がそうさせたのかもしれないし、ただ単に、考えるのも疲れ果ててしまっただけなのかもしれない。でも、意識を飛び越したような、なんとも不思議な、静かな、しん、とした時間だった。

そして心穏やかに迎えた90キロ地点の第三関門通過は、21時20分。

ここからゴールまでの最後10キロは、このコースの核心で、最後の最後に、一番の山登りが待ち受けている。それなのに、非情な雨が降ってくるわ、霧がかかって視界3Mしかないわ、足下の岩場ガレ場はツルツル滑るわ、こんなルート歩きたくないと足は断末魔の悲鳴を上げているわ、

何の呪いなんだろう、いったい何の修行してるんだろう私は、と、また現実に戻り、ふぇふぇ泣いて、ずるずる鼻水たらしながら、長い長い山登り(降り)をしたのだ。10キロ進むのに、まさかの4時間かかった、あの辛い時間は、正直、今年1番のチャレンジだった、というくらい。

でも、すべてに終わりはくるもので、
夜中1時33分、100キロ地点にたどり着いた。
順位はもうどうでもいいけれど、269番目に。

20時間ぶりに、もう足を前に出さなくていい事実に戸惑っていたら、友達のヨーコちゃんが、おめでとう、と、笑顔で迎えてくれて、夜中2時、ふたりで、気の抜けたコーラで乾杯をした。


100キロ地点から見えた真夜中の地平線は、喜びや達成感というよりも、むしろ終わったという安堵感で、

着いたと思った頂上は、また蜃気楼のように消え去って、何かを掴んだのか、いや何も掴んでいないのか、私が目指していた頂上は、まだまだ先にあるようなのだった・・・。

2009-06-30

Long Trail Run Trip (信越トレイルをゆく)







友が、「踏破者リストの1ページ目に名前を載せたいのだ」と言う。バックパッカーのなかでは(多分)有名な、新潟~長野の県境沿いにある関田山脈をつないだ、80kmあまりの信越トレイル。

6月初旬、雪解けを待って、出発。せっかくなので、歩かず走る、3日間の旅。

ブナの森が持つ、心落ち着く優しい雰囲気は、何でだろう。春がやってきたばかり、長い冬から目覚めて嬉しい植物たちが出す「気」に助けられて、楽しく走った。

Shinetsu Trail
90.1km-long run trip
04Jun.-06Jun. 2009

(踏破者リストは、無事48番目に載りました)

100k? 100k!

「彼女、そろそろリタイアだと思うから、よく注意しておいて」

50キロ地点で、前任者から引き継いだとき、そう言われた。

100キロウォークイベントのボランティア。最終チームの後ろについて安全管理しながら歩いている私は、疲れ果てた背中で、杖をつきながら歩く女性の後ろを、制限時間を気にしながら歩き始める。

途中のチェックポイントで見せてもらった足の裏は、慣れない距離に悲鳴をあげてマメだらけ。絆創膏とセカンドスキンなどで応急処置するも、制限時間ぎりぎりで歩いている彼女の、体調や疲れ具合からみたら、どうしたって15時間後、数十キロ先のゴールしている姿は思い描けない。追い打ちをかけるように、2日目の夜は、非情にも、冷たい雨が疲れた肩に降り注ぐ。

いったいどこまで頑張るかな、いつリタイアするのだろう、と、失礼なことを思いながら、その背中を見守っていた。


だけど、

だけど、

彼女は私のそんな気持ちを軽く裏切った。
彼女の頭のなかには、ちゃんとゴールが見えていたのだ。

「ここで泣くか、ゴールで泣くか」「大丈夫。大丈夫。」と自分に言い聞かせながら、48時間、歩き続けて、歩き続けて、金曜日の朝から数えて二回目の朝に、雨の中、ずぶ濡れの身体で、しっかりとゴールを踏んだ。





人間の限界は、自分が思うところよりもずっと先にある。


と、書いてしまえば陳腐このうえないけれど、彼女の無言の背中に、その事実を教えてもらった、今年のトレイルウォーカー。

*


受け止めた彼女の「力」があまりにも大きくて、
「私の限界値はもっと先にある~」と鼻息荒くなったその瞬間、

信越五岳 100キロ トレイルランニングレース 2009.9.

をクリック(申込み)してしまい、ただいま後悔中。
人は、なんであんなにツライ時間に、自ら進んで、身を置くのだ?
(ぺーサー&サポーター&道連れランナー 大募集中)

*

オックスファム・トレイルウォーカー

■自分の体力への挑戦 :標高差1200mの100km(小田原~山中湖)の行程を48時間以内で完歩。
■仲間とのかけがえのない経験:4人1チームで参加。事前のトレーニングからイベントの当日まで、励ましあってゴールを目指します。
■貧困から立ち上がろうとする人々への支援:1チームあたり12万円以上の寄付金を集めます(ファンドレイジング)。

今年は2009年5月に開催済み。


ワタシは、2年前は参加者として、ここ2年は、「ラストウォーカー」としてボランティアで参加中↓

2009-05-15

あこがれの富士から箱根へ

詳細は(pdf)
http://www.hcc.co.jp/news/download/fujihakone_poster_sample.pdf

*

俯瞰図で見るとそそられる。

走りたい。歩きたい。
いいトレイルが整備されました。


でも、このルートはよく見れば、Trailwalker そのまま、かな。
Trailwalker まで、あと7日。
昨年に引きつづき、ラストウォーカーとしてボランティア参加予定。

2009-05-07

萩往還マラニック70K総括

山口100萩往還マラニックの総括を。


道:
アスファルト、石畳の旧道(江戸時代を思い出す)、竹林の中のトレイル(むせかえるような濃い木々の匂い)、峠越え、田んぼ横の畦道(蛙の大合唱)、平ら、山道、嫌がらせのようなダラダラした上り坂、そして辿り着く日本海。

バラエティに富んでいて飽きさせない。


早食い競走メニュー:

佐々並豆腐(14k)、蕎麦まんじゅう(24k)、おにぎり弁当と甘夏(35k)、まんじゅう再び(43k)、豆腐再び(56k)、地元のお婆ちゃんの手作り草餅(60k)。

すべて絶品で、軽く完食、ごちそうさま。


エココンシャス度:

ラン大会に必須の給水所では紙コップ見あたらず。参加賞が携帯用アウトドアコップ(クールな吉田松陰似顔絵入り)なので、それ持参で走る「マイコップ」レースだからだ。たまに持っていない人がいると、給水所のおばちゃんに怒られ、普通の湯飲み茶碗を渡される。

ちなみに、東京マラソン2008年で使った紙コップは、686000杯、だそうな。



こんにちは度:

白ゼッケン:48時間内に250k (完踏222人)
青ゼッケン:24時間内に140k (完踏286人)
緑ゼッケン:12時間内に70k (完踏243人)
黄ゼッケン:35k (完踏296人)
桃ゼッケン:35k(歩け歩け)

の、5つの種目に参加している人間が、同じ時間に、同じ場所を走っている、この不思議なイベント。互いに、追い越すとき、すれ違うとき、なんと、サワヤカに挨拶しあうのだ。登山中みたいに!

他のレースで、互いにエール送りあうなんて、いままであっただろうか・・・。あの殺伐・ピリピリした雰囲気がまったくない。

もう、40時間、230キロくらい走ってきたはずの化け物・・・訂正・・・強者たちから、爽やか&元気に「頑張れ!」「行ってらっしゃい!」と言われると、70キロごときで苦しい顔なぞしていられなくなり、ずっと笑顔をキープせざるを得ない。

ぴよぴよ度:
9時間13分30秒 は、49位/243人中。 よくできました。

でも、今回、250キロ参加の優勝者は、26時間37分で走り終え、その後、クールダウンとして70キロを再度走ったという話を聞くと・・・

世の中には、変態・・・訂正・・・化け物・・・訂正・・・、すごい精神力&体力もった鉄人たちが、いくらでもいるのだなあ、と、自分のヒヨッコ度を認識し、そして、その逞しい背中から、大きな勇気をもらうのであった。


*

楽しそうに書いたけれど、70キロも走りつづけるのは決して簡単ではなく、途中イヤになっちゃうし、イヤになっちゃってつい歩く弱い自分に腹がたつし、かといって走ると上り坂は苦しく心折れそうで、さらに使いすぎた股関節はキィキィと油さしてない自転車のごとく悲鳴をあげ、

私おかしいじゃん、もうゼッタイにこんなことするのは止めよう、豆腐や饅頭なんて、走っていかなくても、普通に買って食べればいいじゃん!そうだよそうだよ!と固く誓うのに、

終わった翌日には、気づけば次のイベントを探し始めていた。苦しい以上の「何か」が、この変人レースには、あるのだよなあ。何でかなあ。麻薬だよなあ。次はどこを走ろうかなあ。

*

それから、

今回、私に騙されて・・・訂正・・・誘われて、一緒に参加してくれた6人の皆様、ありがとうございました。

とくに!「ハーフマラソンも走ったことない」のに参加してしまい、練習を重ねて、そしてなんと、きっちりと完走しちゃった友よ、

その不屈のチャレンジ精神、心から尊敬します。黒くなった足の爪たちが、半年後、無事に生え替わったら・・・、また一緒に走りましょ。でも、天然黒ペディキュアはあんまり可愛くないので、靴だけは、足にぴったり合った、いいものを買ってね。

2009-05-04

無事に

9時間13分30秒走って、無事ゴール。パチパチ。
萩往還、趣ある古道だった。

*

70キロ走った後遺症:下りの階段&和式トイレが大層ツライ。

2009-05-03

というわけで

隣町の湯田温泉でしばし寛ぎの時間。

明日頑張る足裏に、事前ご褒美を。

たったの半分

140kmコースの出発前説明会を聞いていると、70kmなんて

カンタン

と

つい思ってしまうのは、錯覚なの?

バスに揺られて15時間



山口初上陸。

2009-05-01

70キロへの道


▲(下)これはマラソンなのトレランなの?と調べていたら出てきた高低表 (右→左→右への往復。思ったより坂道多い・・・)

きっかけは、長距離大好きな友人の、この言葉。

「人との触れ合いがウルトラマラソンでは特に濃厚にあり、ただ走るのと違いとても楽しいものです。レースがスタートして10kmや20kmも走ると息も苦しくなり始め「なんでまた、こういうバカなことに参加しちゃったかな?」なんて自問自答しますが、走りきると「また来よう」とか「今度は何処の大会に行こう」という気持ちに必ずなります。

理解されることはほとんどないですが、それぐらい楽しいものです。
全ての人にはお勧めはしませんが、興味のある方はどうですか?」

楽しそうな報告記に、そうかい、レース後にそんなに美味しいビールが飲めるのなら、と、PC画面の前で「はい、はい、興味ある~。私もやる~」と一人興奮して挙手したのが、1年前。

遠くの大会に、一人で参加するのはイヤだなあと、道連れを募ったところ、物好きな(失礼!)友人たち数人が挙手してくれたので、心強さと後戻りできなさが増す。(願いはつぶやいてみると、意外と叶う)


2年前の「4人で力を合わせて100キロ歩こう trail walker」の時ほどではないけれど、数ヶ月先の目標は、毎日の生活に、ほどよい緊張感を与えてくれる。


こういうイベントは、興味もったときからスタートしていて、本番の70キロだけでない、もっと、ずっとずっと長い距離を走れる(・・・物理的にも心理的にも)のが、醍醐味だ。


スタートは、5月4日、朝6時30分。
*


「何歳であっても、目の前の挑戦がどんなに厳しくても、人は自分の情熱を追い続けるべきだと私は心から信じているわ」 (「走る女たち」より )

Women who run

「自分が心からランニングを好きになった夜のことを、私ははっきりと覚えている。あれは、空がピンク色に染まり、太陽がゆっくりと太平洋に沈んでいく、まさに南カリフォルニアらしい暖かな夕べだった。

当時はまだ、うまく走れないと感じる日が多かったけれど、それでも私は、自分の身体のすみずみまでエンドルフィンが巡る感覚がわかるようになり始めていた。

私はあの夜、ほんの数週間前までたぶん30分しか走れなかった自分が、今は一時間続けて走れるようになっているなんて、と思いを巡らせていた。海岸沿いを走りながら、自分が笑顔で、リラックスして走っているのを実感していた」

「走ることは楽しさやフィットネス効果以上のものをたくさん与えてくれた。集中力、目的、挑戦、目標、友人、旅行、社交、健康、多様性、そして、生命力。」







*

「挑戦・友人・旅行」のキーワードをもとに、明日の誕生日の夜、山口(萩)行きのバスに乗る。
新しい年最初のチャレンジは、70キロ。