彼の姿を最初にみかけたのは、フェアバンクスの街の中だった。
マイナス20度の道路というのは、雪だか凍った空気だか知らないが、シャラシャラと白い煙が舞い上がっているような状態で、歩くのだってイヤになっちゃうようなコンディション。その寒さのなか、大層な装備で、MTBにまたがった自転車男が、私の横をサーっと過ぎ去っていったのだった。
「は!?この真冬に自転車で旅してるの!??世の中には、いろんな人がいるもんだねぇ」と強烈な印象を残して去った彼は、それから数日後、再び私の前に姿を現した。今度は、自転車を降りた姿で。
「心がね、くじけちゃったんですよ。体は大丈夫なんですけど。夜中、鼻水たらしながらオーロラ見てたら、心折れて、もう無性に戻りたくなっちゃったんです」
と、人事のように淡々と話す彼は、社会人になる直前の春休みを利用し、自転車で、旅に出た、という。漕ぐ道は、フェアバンクスから北極海に向かって延びる、魔のダルトンハイウェイ。(わかんない人のために、地図。)車だって、よっぽど整備してないと走りたくない、レンタカーは(あまりの道の悪さに)もちろん禁止されているという、夏ならともかく、一番寒い真冬のこんな時期、石油背負った巨大トラックしか走っていないような、途中に補給できるような街なんてないような、地球最北の、道路。
2週間かけて北極海まで行こうと思ったんだけど、2日間で戻ってきちゃったんですよ、これから2週間、暇になっちゃたな。この街で何すればいいのかな、と、誰に言うでもなく呟きながら、植村直己の本を片手に、2週間分の行動食として大量に持っているであろうビーフジャーキーを、ぼおっと齧っていたところに、ばったり出くわしたのだ。
「少し休んで、アンカレジに南下すれば?道もきれいだし」
「カナダのホワイトホースまでっていうのもアリじゃない?」
「途中のコールドフットまで行って、飛行機で戻ってくるのもいいねぇ?北極圏も越せるよ」
なんて、無責任にいろいろ口出ししてしまった私だが、彼が、どういう形にせよ、このまま2週間、この街に居続けるとは思えなかった。北極海へ向かって再挑戦するのか、他の道を進むのか、そこまでは、出会ったばかりの私には、彼の気持ちは量りかねたが、でも、「何もしない」選択肢はないだろうな、と思わせた。それは、今となっては所在無さげに床に転がっている、大量の食料やスストーブや防寒ギアやキャンプ道具やらの、単なる思いつきでやってきたのではない、きっちりとした装備のせいで、それを揃えるまでの準備の時間と気持ちが、何より、この旅への意気込みを物語っている気がしたから。
自分の気持ちに素直に従って、止める選択をした、というのは、とても勇気あり素晴らしいことだと思うが、(厳しい自然と対峙しているとき、こういうときの直感はホントに大切!)、でも、諦めきれていないその表情を見ると、まだ心の中の種火が消えていないようで、その火はどうなっていくのかな、消えちゃうのかな、と、別れた後も、ずっと気になっていたのだ。
だから、
だから、
2週間後に、彼の「昨日、ダルトンHwy の終わり、北極海のデッドホースまで自転車こぎおわりました」という日記を見たときに、
まるで自分のことのように、彼の再チャレンジとその成功を嬉しく思った。彼の大きな「勇気」を、遠く離れた日本で受け取ったのだ。
自転車男よ、
おめでとう、そして、ありがとう!
2 comments:
冬に、ダルトンHWYを自転車で、ねえ。。。
いや、本当に色んな人がいるものです。
私も、若かりし頃は、ここで同年代の冒険野郎たちを見つけては声をかけたり、車で拾ってご飯作ってあげたり、、、ということもありましたが、最近は、あまりそういうことも無くなりましたね、、、。
今度、そういう人を見かけたら、私もBettyさんを見習って、声をかけてみましょう。面白い話が聞けるかもしれないし、いい刺激になるかもしれませんもんね。
一度心がくじけたのに、よくもう一度行ったなぁ。スゴい…。
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