2010-06-05

やあやあ夏の太陽!

▲Leithen, Tirol

5日目にしてようやく完璧な青空よこんにちは。

右下の赤い屋根がこの夏のベースキャンプ。
半径50M以内にブタ2匹、牛たくさん。
BGM、鳥の声10種類くらいが常に。

2010-06-04

アルプスと共に生きる人々

Kramsach, Tirol

アラスカのすごさは、「人の手が全く入っていない」荒々しい原野にあると思う。

カナディアンロッキーのすごさは、100年前に温泉リゾートで栄えだしたときから、森やそこに住む動物たちとの共存を試行錯誤しながら、それでもリゾートとして人間が利用したいんだ、というバランスの力点を考えているところにあって、

そして、今いる場所チロルは、神聖ローマ皇帝マキシミリアンが、世界政治で疲れた頭と体を休めに遊びに来ていた地。時は1500年頃。湖で船遊び、川で釣り、山でハンティング、湖畔の館でゲストとリラックスしていたというから、もう500年以上も、リゾート地としての歴史がある。

という背景があるからなのかどうか、ここは、自然と人間の生活とが、ほどよいバランスで勝手に成り立ってる。目くじら立てて自然保護とかって、誰も言ってない。方の力が抜けているっていうか。なんだか、自然と人間の関係が無理なく対等だ。

インスブルック極めて私的なガイド




Innsbruck=イン川に架かる橋
チロル州の州都、人口117000人。
2000m級のアルプスの山々に囲まれた古都。
スワロフスキーの本社あり。

旧市街は金ぴかの屋根を見に来た観光客でごったがえしているので、さくっと廻って、さっさと森に戻るのがお勧め。

街の中心を流れるInn川は流れ激しく、近郊の村Kramsachから、ホワイトウォーターラフティング!

*

チロルを旅したい?
http://www.euro.co.jp/trek/

2010-06-03

チロルの家庭料理

1歳の息子がいる夫婦の家に居候中。


朝ご飯
黒パン、バター、手作りブルーベリージャム、ハム、コーヒー(エスプレッソメーカーで入れたやつ)


昼ご飯
人参丸ごと、ブロッコリー、セロリ、ズッキーニ、チキン、ペンネのコンソメスープ、昨日作ったアップルケーキ


夜ご飯
ビーフのタルタル(生肉香草和え)、スモークサーモンのタルタル、ホワイトアスパラガス(Spargel)とセロリにバルサミコ酢と地元の岩塩、ブロッコリーとコーン入り団子(Knogel)に溶かしたブラウンバター、バジルのオイル、トリュフオイルをかけて、サラミ、チーズ、トースト


と、1日家庭料理をいただくが、この料理、すごくシンプルな材料と調理法なのに、全てが恐ろしく美味しい。地場の食材の良さとイタリア産の調味料のなせる技か。


夜8時半、まだ暗くならない薄明かりの中、テーブルにロウソクを灯し、ジュニパー味のシュナプス(蒸留酒)を片手に、ゆったりとした夜の時間が、ゆるゆると過ぎていく。

2010-06-02

雨のコペンハーゲン空港

トナカイのサンドイッチを食べてたら、コペンハーゲン空港にワープした。

10年ぶりに降り立つヨーロッパだ。私にとってヨーロッパの記憶は、ユーロ通貨の存在する前、国境ごとに両替をして余った小銭で財布がどんどん重くなっていく、その頃で止まったままだ。ある時期までは、1年に10回X5年間、ざっくり見積もって50回は来ているはずなのに、この地の記憶はあまりない。降り立った空港の外に広がる、どんよりと雨雲が立ちこめたモノトーンの世界のように、輪郭がはっきりせずあやふやな感じでしか思い出せないのだ。人間の記憶力なんて全然当てにならない。

空港にはそれぞれその土地の匂いがある、と、どこかで読んだことがあるが、コペンハーゲン空港は、空港ですら北欧的センスが鏤められていて、ゲートの待ち合い椅子も、荷物カートも、ゴミ箱までがお洒落なのだった。アメリカの、甘ったるい匂いのにぎやかで浮かれたエアポートに慣れた目から見ると、ここは、しっとりと落ち着いた、大人な匂いのする空港だ。

行き交う人たちは皆背が高い白人で、空港同様、やはり浮ついた感は全く見せず、モノトーン色のシックな服を身に纏い足早に歩いていく。背の低い、アジア人の、フロリダのネーブルよりも眩しいオレンジ原色のフリースに身を包んだ私は周囲に全くとけ込めておらず、明らかにこの場所から浮いている。

英語でもドイツ語でもない耳に馴染みのない北欧の言葉をBGMに聞きながら、久しぶりに異邦人の感覚を、どこか落ち着かずザワザワとした居心地の悪さを思い出した。

ミュンヘン行きの飛行機の搭乗が始まった。家を出て15時間、移動の旅はまだまだつづく。

2010-05-31

流れゆく時間を本当に生きるには自分を絶えず更新させること

▲Leithen TIrol, Austria

「流れゆく時間を本当に生きるには、自分を絶えず更新させること」
遥か遠く、海と山脈をいくつも超えた山奥に住む友からのメールに、そう書いてあった
わたしはどこに流れ行こうとしているのか
目指す場所へ近づいているのか遠ざかっているのか
*

森の中で日々を過ごしたい
西行きの飛行機に乗りユーラシア大陸のあちら側へ
アルプスの麓の夏が始まる

未知の地を伝えることの難しさ

2009.8 Seward, Alaska

ガヴァルニー(Gavarnie)、トルムーズ(Cirque de Troumouse)、コトゥレ(Cauterets)、ポンデスパーニュ(Pond' Espagne) 、アルジュレスガゾスト(Argeles-Gazost)、ビニュマール(Vignemale) 、アラン(Val d' Aran)・・・  

呪文のようなこの単語の羅列は、 フランスとスペインの国境地帯、ピレネー山脈の世界遺産となっている付近の地名。 来月この地を歩くことになった私は、久々のヨーロッパの錆び付いた知識を掘り起こしながら日々下調べをしているが、コトゥレなんて人口50人、正直、すごく地味な場所だと思う。

いや、ヨーロッパ好きハイキング好きにとっては、世界遺産のここは有名な場所なのか?

*  

一方で、アラスカの地名は、その字面を見るだけで心躍る。この単語が示唆する世界が手に取るように脳裏に思い浮かぶから。

ターナゲン入り江(Turnagain Arm)、ガードウッド(Girdwood)、ポーテージ(Portage)、スワード(Seward)、エグジット氷河(Exit Glacier)、キナイフィヨルド国立公園(Kenai Fjord NP)、アリアック湾(Aliak Bay)、ノースウエスタンフィヨルド(Northwestern Fjord) 

それは、あの

空港を降り立った瞬間に肌を刺すあのキーンと清々しい空気感
温帯雨林っぽい意外と緑緑した背の高い森
霧が似合う魚臭い村
ボートで3時間、クジラやイルカやトドやパフィンやラッコの出迎えを受けながらフィヨルドの奥深くへ入って行くときの高揚感
野生動物だけが持つ迫力あるオーラ
色の波長が短いから反射してるだけなんだと分かってても吸い込まれそうな氷河ブルーの色
氷河の海にカヤックで浮かぶとぷちぷち炭酸の音がすること
氷河が崩れるときは雷のような轟き音
野生のブルーベリーの舌の上に広がる酸っぱく甘い感触

私にとっては当たり前のあの場所は、知らぬ人にはその地名はただの呪文

「アラスカ、氷河の海をカヤックで漕ぐ」  
このことばの裏に潜んでいるシンプルで深い時間を、 アラスカも氷河も、いやキャンプやカヤックも知らないかもしれない人に伝えようとするのは、なんと難しいことだろう。

わたしのことばは、まだまだ足りない


「アラスカ、氷河の海をカヤックで漕ぐ」8月
6/14〆切
http://www.expl.co.jp/shugaku/kikaku/10/anc_s/index.html

2010-05-24

a view from my window


家の窓から見える景色が電柱と隣家の屋根、な都会にいては、私が磨きたい感覚は身に付かない。いくら本を読んでもだめ。人から教えてもらおうとしても駄目。

自然と対話する方法は、自分でその中に入りこみ、自分なりに見つけていくしかない。

というわけで、来週から2ヶ月間、窓からの景色がアルプスの山々な場所へプチ移住。今年の夏はヨーロッパで仕事するのだ。

新しい場所に身をおくことで、見えてくるものは多くあるはず。
乾いたスポンジのように、見るもの、出会うもの、すべて吸い込んできたい。プゥーンと鼻孔を大きく広げて、毎日毎日深呼吸しよう。

楽しみ。
楽しみ。

2010-05-20

人は線を引いた場所まで行ける、またはそこまでしか行けない(野辺山ウルトラ71K入賞記)


きっかけは、本番1週間前、ナミちゃんとの電車内での会話だった。  

な「野辺山ウルトラマラソン出るんだって?」 
私「うん、(100キロの本命レースじゃなく)71キロの短い方ね。71はゴールが温泉だからさ」
な「去年私出て、8時間20分で走って7位だったんだよね〜。6位までが表彰されるからさ、betty狙えるんじゃない?」  

は!?  
入賞? 

この瞬間まで、ここ2年半ほど楽しんでいる「走る」レースにおいて、自分が表彰台に上がるなんて考えたこともなかった。ちょっと前までは、「無事走りきれるのだろうか」って、「完走」が目標だったほどのダメダメなんちゃってランナーだ。

ただ、2年も走っていると、さすがに、徐々にではあれど、走る体力も筋力もついてきている。

3月のロゲイニングでうっかり優勝して手にした賞状は、小学生だか中学生以来、ひさびさに手にする「賞状」で、たいそう気持ちが良かった記憶の残骸が、私のやる気を後押しし・・・、魔が差したのかもしれない。

入賞、の二文字が頭をよぎりはじめた。

*

1年前に参加した萩往還70キロは、弁当休憩30分を入れた上で9時間13分。 
3月のフルマラソン42キロは、3時間49分。 

今回は71キロ。標高差1000m以上ある坂道だけのコース。

できるかな? 
うーん、1キロ7分って、そんなに早いペースじゃない・・・よね?  

10時間の制限時間内完走は、よっぽど体調がおかしくならない限り、今の私には無理じゃない。坂道71キロ走るのは、カンタンとは言わないが、決して自分の「限界」への挑戦じゃない。

1キロ7分ペースX71キロ=8時間17分、 
うまく行けば賞状のご褒美がついてくる。  

よし、これを今回の目標に設定してみよう。  

その日私は家に帰ると、PCを開き、エクセルでチマチマと途中チェックポイントや10キロ地点ごとの経過予想タイムを計算し、一覧表に仕立て上げる。小さくプリントアウトして、当日、ポケットにそっと忍ばせる。 こうして、密かな目標値を抱え、野辺山71キロの走る旅は始まったのだった。  

*  

標高1000M前後の高原は、一番好きな気候帯だ。



瑞々しい森の空気を肺に取り込む気持ちよさ、残雪の八ヶ岳、南アルプス、富士山、芽吹いたばかりの唐松のやわらかな緑の葉、白樺林、たんぽぽ畑、エイドでいただくお汁粉、そば、おにぎり、いちご、オレンジ、ぶどう、一緒のペースで走る人との会話、1日中何も考えず邪魔されず走れることのヨロコビ、


・・・いろんな要素で幸福感に包まれ、途中までは、本当に楽しく、ニコニコとご機嫌で走っていた。


が、59キロのチェックポイントで、とうとう悪魔の壁がやってきた。 

昼11時半。朝5時にスタートして、もう6時間以上が過ぎている。 随分と真上に上がってきた5月の太陽がアスファルトに照りつける暑さと、7時間近く動かし続けてきた手足胴体のストライキ突入モードのせいで、走るヨロコビは、一気に走る苦しみへと転落する。  

63キロ以降、容赦ない上り坂が続く。道路端の標識には、斜度10%と出ていて、さらに私をげんなりさせる。  

あーん、歩きたい、歩きたい、歩きた〜い!  

何だかこうやって書いてみても、あの時間あの場所にあれだけ走っていた人じゃないと、「もう走るのやめて歩きたい」誘惑の力強さは理解できないんだろう、と思うけれど、今の私の持つ実力からすれば、「歩く」方に脳内99%が賛成するほどの辛さだった。イヤガラセのような登り坂が、えんえんえんえん、どこまでも続く。どこまでも、終わることなく。  

それでも、最後まで走るのを止めなかったのは、「歩こう」モード99%の賛成票をかろうじて押しとどめた残った1%の意地は、最初に自分に課した目標タイムがあったからに他ならない。ゴール時間を設定していたから、設定した自分に対して意地になった。  

結局、スタートから8時間10分38秒後にゴールした私は、予定どおり6位に滑り込み、今年2回目の賞状を手にした。賞状が嬉しいのではない。設定目標をクリアするために走り抜いた、最後8キロの自分の気合いと底力に乾杯!なのだった。


でも、と、その一方で、ふと、思うのだ。 
5位との差はたったの1分半。 もし目標を「8時間以内」と設定していたら、あと10分早くゴールできたのかな。 

私は、設定した壁は乗り越えられたけれど、その壁は、もう少し高くても、もしかしたら乗り越えられたのかな?(あの登坂の辛さが喉元すぎた今、また、楽観的なこと言っているだけかもしれない・・・けど) 

人は、線を引いた場所まではちゃんと歩いて行けるし、 逆に言えば、線を引いた場所までしか、歩けないんじゃないだろうか?  

*  

100キロ走るウルトラマラソンの世界は、何だかとても奥が深い。  

参加者それぞれが、自分の限界に挑戦しているのだ。私がゴールした71キロの後には、さらにきつい峠道が待っていて、本当にイヤラシイ道のりがまだまだ続くらしい。その未知の29キロを想像しながら、100キロのゴール地点に立ち、完走者に拍手と声援をおくる。電車の中で私に「入賞」をささやいたナミちゃんは、今年は100キロを走り抜き、私の目の前で涙を浮かべてゴールした。  

速く走れるのはもちろんすごいが、それだけじゃない。制限時間30分前くらいになって、次々とヨレヨレとなった体で駆け込んでくる、ヨロコビに満ちた人々の姿は、数メートル先に立つ私の胸を思い切り打つ。  

ああ、人間、いくつになってもチャレンジなのだな〜。

人が自分の限界に挑戦する姿、それを達成した瞬間は、有無を言わさぬ力強さと美しさがある。ものすごい充実感に包まれる。自分も、周囲にいる人たちさえも。 その力強い充実感を、手っ取り早く体験できるのが、超長距離マラソンにはまる理由のひとつなのかも。この手の達成感は麻薬のようで、リピートしたくなるものだ。より強い刺激、より強い達成感を求めて。

*
フルマラソンとは全然違う競技の超長距離レース、M気の強い人にはたまらなくお勧めです。最近、チャレンジ足りていない方、よければ、この苦しく楽しい世界をのぞいてみては?